吾人は予定通り、マルセル殿に納品された。吾人が吾人自身を見た事がなかったが、友人殿曰く、美しい月水晶(ムーンクリスタル)を中心に据えて、それを囲むように妖精銀(ミスリル)で蔓草の形の彫金したのが首飾り(ネックレス)のトップになってるらしい。

 どちらかと言えば、無骨と言った外見が多いボリス殿の店では、珍しく女性向けに見えるものだとか。妹君に好かれそうならば、何でもいいのだがな。




 本日は突き抜けるような蒼穹の空。嫁入りだ。

 そこには、幸福の花嫁がいた。真っ白な婚礼衣装に身を包んだ妹君は、それはそれは幸せそうに微笑んでいた。当時の吾人には、その感情はよく理解しかねたが、妹君の周りを飛び交う風と水の精霊が楽し気に踊っているのだ。精霊にも喜ばれる婚姻など、そうそうないに違いない。


「ミラベル、結婚おめでとう」

「うふふ、お兄様ありがとう」


 さすがの妹馬鹿な友人殿も空気を読んで散々ボリス殿の店にて洩らしておられた事は云わなかった。やれ、『妹を一番知っているか試す』とか、『俺よりも強いかどうか観てやる』と呟いていた時はどうしようかと。

 一時期は冒険者として中級の中でも上級にほど近い実力を発揮していた友人殿。相対する妹君の御亭主は新進気鋭の商人だとか。決して武力で測るべきではない。

 ボリス殿も『うわー、大人気なーい……』と若干引いておられた。

 そんな友人殿の思惑をやわらかな微笑み一つで壊した妹君。さすがである。


「君に渡したい物があるんだ」

「なんでしょうか?」

「タリスマンだ」


 友人殿の胸元に仕舞われていた吾人を、そっと妹君の手の平に置いた。妹君は吾人をまじまじと覗きこんでいる。そうみられるのは、少しばかし面映いものがある。


「お兄様は私の好きな花を覚えていて下さったんですね」

「ミラベルの好きなモノを忘れるわけがないだろう?」


 …………そういう兄妹らしからぬように吾人が思えてしまうのは、恐らくは二人の間に流れる空気の為だろうか。やたらと艶っぽい雰囲気なのが、吾人少々居たたまれぬ思いでいっぱいだ。

 嫁入りの儀式の時が訪れたのだろう。侍女らしき女人が妹君__いや、吾人の初の主とその兄君を呼びにきた。吾人はそのまま主の胸の内にしまわれる事となる。




 この主の元に永く永く、吾人は在ることとなる。彼女が嫁入りし、娘から妻に、妻から母に変わるのを、見守った。彼女の喜びを、苦しみを、葛藤を、成長を、一番に見守ったのは吾人である。

 吾人はまだまだ守りとして未熟であるが、この穏やかな喜びに満ちた日々は何よりも宝。これよりも幾度と出会う主に、心砕くことができたのも、この優しい時を知っていたからに他ならない。

 だからこそ、あんな風になるなど、吾人は露とも考えていなかったのであった。



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150723 なろう掲載
160508 転載



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