悲しんでるときの貴方が好き
いつも不思議に思うことがある。
泣いている君の顔はなんでこんなに綺麗なの。
悲しそうな君の顔はなんでこんな僕の心を昂らせるのか。
誰か、教えてはくれないか。
彼女のことを僕は愛している。無理やり紡いだ言葉は、狂ったように僕の中で動き出す。
嫉妬、恋心、慕情? いいやその中のなんでもないような愛情だ。
其れがなんなのかわかれば僕だってどうにかしようがあるのだ。わからないから仕方ない。
屋上のドアを開けると、肩を震わして校庭を見る彼女の姿 。青空を背景に泣いていて、少し痛々しかった。
僕が声をかけずに、ドアの近くでぼんやりと彼女をみつめていると彼女は震える声でつぶやいた。
「……ふられちゃった」
彼女は笑った。悲しそうな顔をして、くしゃりと笑った。
僕が彼女と会うのはいつも屋上だ。彼女はいつも泣いていて、僕はいつだって彼女が泣いているときに入ってくる。
これは僕が意図してやっているわけではなく、ただ単純に彼女が屋上にくるのは泣いているときだけだという理由だ。
「誰にふられたの……?」
「……秘密」
「そっか」
僕は静かに彼女の隣に座り頭を撫でた。
僕と彼女の関係は、多分聞かれても答えられない。昔は家が隣同士の幼馴染だった。けどいまは、学校の中でさえ一言も口をきかない。僕らの唯一の接触が、この屋上での時間だった。
最初に屋上で、彼女が泣いているのをみたときはとても驚いた。彼女は小さな頃から強い人間だった。すくなくとも一方的に彼女のことに気づいてから、彼女はまだ、強い人間だった。
彼女が僕の前で涙を見せるのは僕のことが眼中にもないからだというのはわかっている。だからこそ、こうやって僕も静かに隣に寄り添うことができるのだ。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。うん、大丈夫」
彼女は息を大きく吸って、自分に言い聞かせるように呟いた。
僕はそんな彼女の様子を見て、また少しほっとする。この様子ならすぐに立ち直れそうだと判断したからだ。
「君は、小さい頃から優しかったね」
「そうだったっけ、覚えてないよ」
小さい頃の自分のことなんてとうのむかしに忘れてしまった。ただ、両親が共働きだったので、彼女の両親や彼女が僕の面倒を見てくれた……ということだけはおぼえているのだけれど。
「小さい頃はそんな泣き虫じゃなかったよね」
「うるさいなあ……。大人は色々大変なの。泣かないとやっていけないの」
ふわりとした風で彼女の髪は静かに揺れた。小さい頃は長かった彼女の髪も、今ではショートボブだ。だから最初誰かなんて気づかなかったのだけれど。
「ねえ、これあげる」
彼女に差し出したのは竜胆の押し花だった。しおりにしてある。
「どうしたの、これ」
「昔、渡す約束してて、そのあとずっと渡しそびれていたから。渡そうと思ってた」
昔彼女の家が引っ越すとき、一緒に押し花作りをした。何しろ小さい頃だから押し花なんて女がやることだ、と彼女に反抗しまくった結果、僕はしなかったのだけど。
ただ、あの後後悔したのは確かで、だからこそあの時使ったこの花を使って押し花をつくったのだ。
「ねえ、竜胆の花言葉って何か知ってる?」
「花言葉?」
問い返すと彼女は少しだけ嬉しそうに笑った。
「悲しいときの貴方に寄り添う。……そんなの考えてないとはわかってるけど、嬉しいよ」
竜胆の花言葉。彼女がもう一つの方を知らなくて、本当に良かったと思った。
いくらなんでも竜胆が悪い花言葉だったら彼女は落ち込んでしまうかもしれないと思って、一応調べたのだ。竜胆の花言葉はいくつかあった。
……その中に、僕の感情にちょうど合うものがあって驚いたものだ。
「……ありがとう、大切にするね」
笑顔で僕を撫でる彼女に僕はされるがままにされた。
「授業ちゃんとできそう?」
「ん、ありがとう多分大丈夫」
彼女は笑って、スーツの皺をすこしのばすと、屋上から出て行った。
悲しんでいるときの、貴方が好き。
だから、側に寄り添って、その姿を見続けたい。かなわないものだとはわかっているからこそ、せめて、彼女が一人であればいいと思ってしまう。
悲しいときには、いつでも僕がそばに寄り添ってあげられるように。
おわり
竜胆の花言葉
「あなたの悲しみに寄りそう」「誠実」「正義」「悲しんでいるときのあなたが好き」「貞節」「淋しい愛情」
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