最低な賭け事

地球は、多分、終わった。


耳を済ませても聞こえてくるのは、静かな音だけ。蝉の声も、鳥や虫の羽音も、何一つ聞こえやしない、そんな夏。窓の外は瓦礫とクズ、それから少しだけ緑が見えた。多分、ここにいる誰もが初めての経験となっただろう。いや、もう、きっと地球には人類はいないのだろうけれど。

静かに腐りゆくこの星は、多分最後の反抗として人類を消し去ろうとした。
ぼくが異常に気づいた頃にはもうすでに少しずつ始まっていた。

地割れ、竜巻、大きな穴。

そんな現象が街の真ん中で起こる。それをだれが予想していただろうか。
最初は実験のようにランダムに、そして小規模に起こっていたそれが大規模で起こることを、俺が気づいたのは前日の夜だった。

俺が人類停止予報を発表してから数ヶ月がたった。ほとんどの人類が死に絶え、ほとんどの街がなくなってしまった。
タダの瓦礫となった街は、これから遠い時間をかけてゆっくりと自然の元に戻って行くのだろう。
近所の街にあらかじめいくらか取り付けてあった監視カメラの映像を見て、俺は溜息をついた。

「ねえねえ、また引きこもりですか」

恨めしそうな声で言うのは、ちょっと変わった俺の助手だ。
何故か地球停止予報を出してからというもの、俺から離れてくれなくなった。
今は後ろからもたれかかるように俺に抱きついてぼんやりと何かを見ていた。

ほとんど真っ黒な画面になってしまった映像に、僕の濁った瞳が映った。助手は無表情でそんな僕をテレビ越しに眺めているようだった。

「お前は何で俺に抱きつくんだ…? 暑苦しいぞ夏なのに」

「面倒なこといいますね先生。私、ずっと先生のこと好きだって言ってたじゃないですか。忘れたんですか? 死ぬまで先生と一緒にいてやりますからね」

助手は力を強くして、俺を抱きしめた。

お前に抱きしめられると痛いんだよ、やめてくれ。

心の中で呟いた言葉は、口の中で消えた。もし、明日俺が死んでしまうのなら、痛いことくらい我慢してもいい気がしたのだ、少しだけ。
もし俺が死んだらーー。なんて、考えるのはバカバカしいけれどちょっと興味が湧いた。

「お前は多分死なないだろうけれど、俺は死ぬかもしれない。その時はどうするんだい?」

「先生を愛しながら自殺します」

「本当、お前、狂ってるよ。なんか本当……早めに死んでほしいよね」

僕が暗いテレビの画面越しに言うと、助手は笑って、先生が死ぬならいいですよと耳元でつぶやいた。体がふるえた。それをごまかすように、視界を巡らせる。
視界の隅に入る白色の腕。細いそれは、力をいれたら折れてしまうんじゃないかと危惧させる。でも、助手の腕は意外と見た目より頑丈なのだ。そんなこと、よく愛情表現で首をしめられる俺が一番知っていた。

僕と助手の視線の先、また一つ、テレビが暗くなった。監視カメラがあった場所が攻撃されたのだろう、多分。
地球停止に伴って若干ヒビが入っていたりはするものの、そんな中でこの研究所はよく無事に残っているな、なんて考えてしまう。

「なあ、なんでこの研究所は攻撃されないんだろうな。俺、この研究所が一番先に攻撃されると思ってた」

というか、だからこそ研究所にとどまりつづけているのだ、俺は。
ここは、地球の全てを明らかにする研究しようとした研究者、俺の今はもう亡き父さんが作った研究所。
地球の、多分敵とみなされる場所のはずだった。
なのに、いつまでたっても攻撃されない。拍子抜けだ。つまらない。

「先生には、まだやるべきことがあるってことじゃないですか?」

「何をやれっていうんだよ、お前は。研究所から一歩でも出たらこの研究所自体崩壊しそうで怖いのに、こんな暗い場所で何をやれって?」

「先生、前向きに考えるのです。だって、ここには先生のお父様達が貯蔵した食糧だってたくさんありますし、外に出る必要はありません。まだ自家発電システムも安全に稼働しておりますし、そもそもここの電気や水道、ガスシステムは完璧です。だから、中でできる『研究』が何かあるはずだとは思いませんか?」

助手は早口でまくしたてた。まったくその通りだとは思う。だけど、やる気なんて起きやしないのだ。

「お前はさ、この現象についてどう思う?」

助手に尋ねると、助手は肩をすくめて首を横にふった。わからない、ということか。

「お前でもわからないんだったら、俺にわかるわけないだろ? そもそも、俺は天才の子供ってだけなんだ。天才の子供が天才だとは限らない。だから俺が調べてもきっと成果なんてものはほとんどないだろ、俺は凡才なんだよ」

俺は大きなため息をついた。助手は、少しムッとしたような顔をして、腕をほどき、俺の前に立った。仁王立ちと言うやつだ。少し怒っている。助手のせいでテレビの画面は見えなくなったが、また一つ、プツリと音を立てて消えた。

「どうせ暇なのですから、先生自身と私を助ける為にもこの現象を解明してくださいよ、先生」

「だめだ。人類とこの星はもう滅ぶ運命なんだ。どうせ生き残っているやつなんて、もう一人もいない。だとしたら、別に俺が何をしようと俺の勝手だろう」

過食して死のうが、餓死して死のうが、老衰して死のうが、地球が停止して死のうが、結局たどり着く場所は同じなんだ。
少し死の時期が早まるだけで、誰も悼んではくれやしないし、俺がどこで死のうと多分腐るだけだろう。地球と一緒に。
ただ、わざわざ殺されたくはないから外にはでたくないし、どうせなら父が作ったこの研究所で死んだなら、まあ、霊界なんて信じてるわけじゃないけれど、父さんにどっかで会えるかもしれない。
まあ、俺が求めているのなんてそんな程度だ。どこかで、俺ら以外の人類生き残っている、かもしれない、なんて最低な可能性にかけた研究をするよりも、自分のしたいことをする、なんてのは人間の心理なのではなかろうか。
こんな時に倫理観なんて気にする助手みたいな奴はどうにかしてるんだ、本当に。

「じゃあ賭けをしようか」

「……どういう賭けですか」

助手は眉をしかめた。多分訝しんでいるのだろう、こんな御時世に賭けなんてする奴がいるのか、なんて思っているのだろうな。
俺はクツクツと笑うと助手の腕を取った。

「まだ、生きている人間がいればお前の勝ち、いなければ俺の勝ち。……ただし、テレビは見ずに、お前自身で歩いて探すこと。いいか?」

「……先生、本気ですか」

「ああ、本気だよ? 最低だとはわかってはいるさ。でも、お前に期待はしているからな」

俺がそう言って助手の小指を強く握り締めると、助手は小さく、約束ですからね、と呟いた。

約束、ね。いい響きだ。守られないかもしれないから、約束、なのだろうな。

俺は立ち上がって助手に噛み付くようなキスをした。唇を離すと、助手は驚いてこっちをみる。

「まったく……女々しいぞ。顔なんか赤くしやがって。男なんだからシャキッとしろ。俺のことが好きなんだろ?」

「煩いですよ先生……。先生は女の子なんですからもっとしとやかにしてくださいよ。普通はこういう時ほっぺにチューでしょ、ほっぺにチュー」

口をさすって俺を睨む助手様々は、俺のしたキスが御不満なようだった。

「うるっさい! 早よ行け! このヘタレが!」

不満そうな顔をして女々しすぎる助手がでて行くと、俺は座って嘯いた。

「……お前が誰か連れて戻ってきやがったらちゃんとしたキスしてやるよ、馬鹿」

聞こえるはずもない、というか聞かせたくもない言葉を、自分で鼻で笑うと、俺は目を閉じた。












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