人魚姫の鱗

「足がなくても、どうにかなるものね」

人魚姫は笑った。彼女の腰から下、昔泳ぐためのモノがあった部分には、なにもなく、断面には大量の包帯が巻かれていた。白い布団に白いブラウス。不思議なことに今は痛みも流血もなく、ただ、尾ビレのない感覚を彼女は、不思議がるだけだった。

これは自分が望んでしたことなのだ。そう彼女は考えていた。愛する王子をまた一目みるため。
人魚姫は、王子を救った。海に沈んできた王子は人魚姫にとって初めて見る人間だった。非日常に恋をしていた彼女が王子に一目惚れするのは、必然と言えるだろう。
王子の足に彼女は憧れた。そして、王子への思慕は日に日に募っていった。
一度しかあったことはなくても、彼女は王子のことが大好きだった。だから、彼女は王子に会いに行くことにした。自分の愛を伝えるために。
魔女は使えない、と彼女は思った。なぜなら魔女は必要以上の対価を要求してくるからだ。それに、しっかりしていた彼女はなんとしてでも自分で願いを叶えたかった。
だから、自分で尾ヒレを切断した。
末っ子の異常な行動に反対意見を言うものはいなかった。姉たちは王位継承権をめぐって争っていたもので、今は寝たきりの王から寵愛を受けていた人魚姫はむしろ邪魔者だったので、彼女の異常性をむしろ歓迎していた。

足なんてなくても、会った海岸でまっていれば彼にあえると彼女は考えていた。あそこは、一応人通りの多い海岸なのだ。最初会えなくても街の人に連れていかれれば、絶対王子には会える。
彼女は無謀な確信を抱いていた。
でも結果、足のない彼女を見た、街の人は彼女を病院に連れてゆき、そこで彼女は王子と再開を果たすことができたのだ。

「王子様」

王子の後ろ姿に、人魚姫は見覚えがあった。体格、彼女は初めて見た人間の体格を忘れてはいなかった。
街の様子を見るためにお忍びできていた王子は、その声に驚いて振り向くと、さらに驚いた顔をした。
車椅子に座った美しい少女には、足がなかったのだから。
王子は、車椅子の彼女を病室まで連れていくと、ため息をついた。
王子はあまり自分が国内で歩いているのを国民にはばれたくなかったようだった。だから、人魚姫の病室にいくと、緊張をといて、姫に微笑みかけた。

「君は、誰なんだい? ……どこかで、聞いたことのある声なんだけど」

「私は……いえ、あなたをお見かけしたことがあって、それであなたを捜しておりましたの」

ここで『人魚姫』なんて名乗ろうものならきっと家族が大変なことになると考えた彼女は、誤魔化した。

彼女の名前は無かった。いつも「末姫」という風に呼ばれていたし、別にそれで彼女は不満も不便も感じていなかった。
病院にいる時は、記憶喪失として扱われ、「足無しさん」とあだ名をつけられていた。

「君の声、聞いたことがある気がするんだ。何処でだろうか…思い出せない」

王子は首をかしげた。人魚姫もまた、首をかしげた。

ーー王子様はわたしのことを覚えているの?

海で、確かに姫は王子に声をかけた。だけど、それは彼が溺れている時の話。だから、覚えているなんて姫は考えていなかったのだ。

姫は、一目会えれば良かった、なんて殊勝な気持ちを捨て去った。なにを思ったのか、王子と結婚したいと考えたのだ。

「王子様は私のこと覚えてらっしゃらないの……?」

シクシクと、わざとらしく姫は泣き出した。たとえ、魚の部分がなくなっても人魚姫の涙には男を魅了する効果がある。惚けた王子は、思い出すからとつぶやいて、彼女を城に連れて行くことを決意したようだった。


彼女は、城を支配した。
魅了の涙で、元からいた王子の正室を追い出した。でも、豪華な生活をこのまなかった彼女は城の一室で静かに暮らしていた。

ベットの上で彼女は包帯をほどく。そこには、鱗に覆われて盛り上がった皮膚があった。
どうやら、魅了の涙をつかうと、その度に鱗が増えてゆくらしかった。もしかしたら、尾ビレがまた生えてくるかもしれない。
「……そうすれば、やっと手に入れた王子を、手放さなきゃいけなくなっちゃう」

彼女は、昔魔女の家から盗んできた薬を手にとった。今これが役に立つとは思ってもみなかったが、彼女は小さな頃の彼女に感謝していた。
それはどうやら鱗を溶かすための薬だったらしい。彼女はほくそ笑むと、薬を断面にたらした。

「溶けてなくなれ」

瞬間、彼女の体は、蒸発した。人間だった部分は消え去りベッドの上に残ったのは鱗のみ。
真っ黒の小瓶は、コロコロと、ベッドの上から転げ落ちて、われた。









傲慢な姫の話。
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