墓標に夢を

テレビが白黒しか表示されなくなってもう十日あまり。正確な時間すらわからなくて、滅多なことは言えやしないけれど。少なくとも俺はそう感じる。

少し暗めの部屋と、差し込む日の光。真っ黒なソファーの上で、窓の外に広がる絶望的な世界を思い浮かべてため息をついた。あまり見たくないものだ。

多分季節は梅雨。カレンダーはもう意味をなさない。6月を示すページだが、もしかしたら7月かもしれない。俺の時間感覚が狂ってるかもしれないなんて今は考えないようにしているけれど。この世界で日にちを間違えたからと言って起こる人もいなければ支障もないのだから別に狂っていても構わないとは思うのだけど。

どうやら、十日くらい前に世界は滅んだらしい。
あの日の朝、起きたら町が停止していた。外に出ると誰もいない。犬や猫、鳥や虫さえいなくて異様な雰囲気に溢れていた。車は中にいる人がまるで急にいなくなってしまったかのように中途半端に止まっていた。
でも一番異様だったのは大きな穴が俺の家の横から、大きな口を開けるかのようにあいていたことだ。底なんて見えやしないしどこまで続いているのかわからないほど、大きな。
テレビも電話もネットも通じないしそもそも電気が通っていないからよくわからないけれど、このあたりで今いるのは俺と、隣に住んでいる一つ年下の幼馴染のみらしい。俺も幼馴染の両親も共働で夜いないなんて普通だったし、たぶん死んだと考えるのが妥当だ。だって、四人ともあの穴があった場所で働いていたのだから。

まあともあれ。本当に世界が滅んだなんてことは俺にはまだわからない。だってそうだろ? 連絡手段だって外界を知る手立てだってないんだ。大きな穴で外と遮断されてしまったのだからまだもしかしたら世界は滅んではいないのかもしれない。もしかしたら日本、もしかしたらこの町だけが誰かの思惑によってけされようとして。でもそんなことを考えていても無駄なことはわかっていた。俺らにとっての現実は、俺ら以外誰もいない町、知らないうちに開いた穴だけなんだから。

「そもそも町の人たちが私たちだけになるなんておかしいですよ」

そう言って、隣りに座っている幼馴染は不機嫌そうに、銀の袋に指を突っ込んでコーンフレークをそのまま頬張った。
スーパーも取り残されていたおかげで当面の食料には困りそうにない。町が消えたのが夜だったからか惣菜類はおいてなかったのが心の救いだ。一応ライターや木のクズ、それにコンロ等はたくさんあるのでちょっとしたレトルト食品を喰えば当分は生きていけるだろう。

そんなことはさておき、この幼馴染、俺と二人きりで残されたというのが不満らしい。
一時期は両親が消えたことでかなり落ち込んでいたというのに、今ではこの様だ。

「なんでそんな不機嫌なんだよ」

「そりゃ不機嫌になるに決まってますよ。なんで私たち二人きりなんですか他の人たちはどこに逃げたんですか」

「つか、そもそも世界は滅んでないのか…そこが心配なんだが」

「多分滅んでる気がしますけどね…でもまあ、私たち以外の人がくるのを待ちましょう! 特に男の人がきて欲しいです」

さっくりと滅んでいる〜なんて言っているが、多分間違いないだろうと二人とも思っている。まあ俺は半分くらい現実逃避しているわけだけど。
どこかの国が日本を滅ぼすにしても、一晩で滅ぶわけがない。そもそも、街の人々が俺ら以外すべて消えているのがとても不自然だ。消えた人が生きているか生きていないかなんてわからないが、まあ多分。覚悟はできている。
覚悟ができている上での言動なのだ。俺ら以外がいないなんてことをできるだけ考えないようにしているのは少し逃げたいだけだ。

「先輩と私がアダムとイブなんて全力で避けたいです」

「俺も同じこと考えてた。気が合うな。はやくグラマーな女の人きてくれないかな…」

「なんで私の胸見て言うんですかこの変態。セクハラですよ!」

ない胸にセクハラもなにもない気がするが、まあ気にしない。
実はこの幼馴染、俺が長年思い続けてきた人なのだ。もちろん幼馴染は気づいていない。それに幼馴染は俺のことを好きではないようだし、アダムとイブになる気もなかった。

もし、世界に俺らだけしかいないのだとしたら、俺らが死んだ時世界は本当の死を迎えることになる。それは二人とも覚悟の上だ。

「だから俺は何もしないって言ってるだろ」

「男は信用できません」

「イケメンで優しくて性格良くってもか?」

「それは例外です。というか先輩以外の男性全てが例外です」

「俺はどんだけ信用ないんだよ!」

こういう会話も、あの前提があるからこそなのだ。多分前提すらなければ、この俺にだけ優しくなくて無駄にアクティブな幼馴染は旅にでも出てしまうだろう。

「もし、俺らが死んだら墓参りしてくれる奴なんているのかな」

俺は思い出したように呟いた。
ソファから見える窓の外に、小さな墓がある。
それは、俺と幼馴染は墓屋でも力持ちでもないから墓石だとかそんな大それたことはできず、とりあえず木で十字架を作って刺してあるものだ。その下には俺と幼馴染の両親に関する写真などすべてのものが埋めてある。顔をみると辛いから、なんていうのがその理由だ。墓にしたのは、ただ、彼らがもう生きてはいないだろうという前提で。俺らが両親に今できることなんて花を飾ったりすることしかできないのだから。
幼馴染もぼんやりとその墓を見つめて、ぽつりと呟いた。

「できたらカッコ良くてずっと墓守をしてくれるお兄さんを希望します」

「お兄さんだって年老いたら老人だぞ?」

「温厚なおじいさんも好きなので可です」

幼馴染は少しだけ笑みを浮かべた。それが寂しげとはいえ、滅多に笑顔を浮かべない彼女にとっては貴重なものだと思うと少し嬉しかったりした。

「俺は小さな女の子がいいな。花を育てそうな」

「先輩ってロリコンなんですか…」

「決める基準をお前と一緒にするなよ。純粋な子に死後の世話とかされたらきっと幸せになれるだろうなって思ってさ」

幼馴染は涙をこらえるように目を細めた。多分自分が死んだ時のことを考えてしまったのだ。
どう死ぬかなんて、今わからないけれどこの生活に耐えきれるのか、それがきっと俺と幼馴染の問題なのだ。老衰で死ねる、それが多分一番幸せな死に方なのだろうけれど。

「じゃあ、おじいさんとその孫でいいんじゃないですか?」

「それはいい案だな、きっと大切にしてもらえそうだ」

小さな木の墓に夢を託す。
もし、誰か生きていたら。もし俺たちが死んだらこの墓標の下に俺と幼馴染を埋めてくれ、なんて多分叶いそうにない願いを。





手帖様提出作品。
墓標に託した夢が、いつかかなうなんて、思ってはいないけれど。




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