バス停と空

空は青くて、雲は白い。その下には緑や黄色、色々な色が混じり合った山があって美しい風景だな、なんてことは言えないくらい僕はこの風景を見慣れすぎていた。
でもワイシャツの襟を手持ち無沙汰に引っ張ったりしながら、何もするでもなくバス停からの景色をぼんやりと見ていた。暇だったからだ、特に理由はない。
ボロボロのバス停。少し体制を変えただけで悲鳴を上げる木製のベンチは穴あきで虫喰いの跡が目立っていた。
ベタつく汗にちょっとした不快感を感じながら腕時計を見た。
……あと10分。もうすこしか。
田舎の一本道を走るバスは、一時間に一度しかこない。そもそも、この路線が廃止されないのが不思議みたいなもんで。だからこそ、バスがあること自体への感謝は忘れないようにしているしバスが来るのを遅いなんて思わないようにしている。
このバス停が屋根付きベンチ付きってだけで儲け物だ。多少雨漏りはしても、強い日差しを遮ってくれるのだからありがたい。
ところで。僕は毎日学校から帰るためにこのバスにのるのだが、隣で静かに座っている少女は見かけたことがなかった。二年と半年通っていて見たことがない人がこのバス停にいるということだけで少し感動ものだ。
それにしても、白い帽子を目深に被った少女は見るからに『お嬢様』な感じを醸し出していた。肌は真っ白、髪は黒く長くツヤがある。ふんわりと広がった水色のワンピースも、甘い香りも、何となく同級生とは違ってすべてが品がよく見える。
少女を見てはいけない、見てはいけないとばかりに僕は無理やり視線を空に向け続けていた。バス停の青い看板が視界の端にはいる程度に少し遠くを見つめていた。それほどにも僕は少女を見つめていけない気がしたのだった。見たら少女が死んでしまうとかそんなレベルには思っていたのかもしれない。

「何を見ているんですか」

その少し高くて小さな声が自分にかけられた声だなんて分からずに、僕は空を見上げていた。

「何を見ているんですか? ……ねえ」

少女は少し俺の夏服の裾を引っ張った。反射的に俺はその方向を見た。
真っ黒で混じり気のない瞳。暑いのか紅潮した頬。

「……死ぬ」

見てしまったら少女が死ぬんじゃないか、何てバカなことを考えていた俺はそんな言葉を吐き出してしまっていた。

「えっ、大丈夫ですか」

少し少女はあせったような顔をして、それから僕に帽子を被せた。少女の頭にはぴったりだった帽子は、僕には少し小さかったようで、頭の上に乗っかった帽子は行き場を失ったように下に落ちた。
何故か一人で焦っている少女は、落ち着きがなくなってしまった。何故か頬にさらに赤みがさして、目をくるくるとまわしてあたりを見渡して、その様子がなんとも可愛らしかった。

「熱中症ですか? 少しでも涼しくしなきゃ」

「あ、いや、そうじゃないんだ。大丈夫、心配ありがとう。」

帽子を彼女に被せ直すと少し僕は笑った。何となく、近寄り難い雰囲気があったのに一気に近寄りやすくなった気がした。

「……ならよかったです」

少女はほっとしたのか少し笑って空を見上げた。
僕もつられて空を見上げる。あいかわらず淡い水色。

「さっきは何を見ていたんですか」

「ん? んー、空。綺麗な青だったから」

理由は違うが空を見上げていたことにかわりはない。彼女は少し嬉しそうに空は綺麗です、とつぶやいた。

「だって、見ていて幸せになります」

「そう?」

「吸い込まれそうで…でも、空を見上げるって行為が好きなんです、わたし」

幸せそうな彼女。もしかして、本当に箱入り娘であまり外に出してもらえなかったのでは、なんて思った。

「空ってすぐに表情がかわるもんな」

俺が頷くと、少女はそうなんです、と笑った。

深緑のバスが遠くに見えた。やっときたな、なんて少女に話しかけようとすると、少女はいなくなっていた。俺が空に見とれている間にいなくなったのだろうか。

「空を、見にきたのかな?」

多分自分の家から、見やすい場所まで出てきたのだろうな。
自分で納得すると、僕は来たバスに乗り込んだ。








バス停での不思議な邂逅。
まつさからのキリリク!ありがとでした!!!






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