よっつのうそ 後

白色のイルザ、灰色の俺。
結局のところ、対極なんだ。

ある一点を除いては。




「林」

林の後ろから叫ぶと、林が驚いたような顔で振り向いた。今日は月曜日。昼なのでイルザは多分ギリギリ学校に行っている筈だ。長袖の青い制服しかきていない林は何となく寒そうだった。

「おう、ゴンか。久しぶりだな。ざっと二週間ぶりじゃないか」

人の良さそうな笑みを覗かせて林はこっちを向いて言った。

「あんた、いつから気づいてた」

「あん? 何のことだ」

「俺の耳のことだよ」

こんこん、と耳を叩いた。もうすでに気づいているのかもしれないとは薄々と感じていたが、あの話をした後、かんがえてみた。

俺は、難聴だ。だからといって完全に聞こえないわけじゃないからまだましな方だ。ただ、そのせいで養護施設にいた時辛い思いをした、そして抜け出してきて今に至るなんてのは育て親のおっさんに聞いた。
おっさんは昔、そういう子たちの学校で働いていたらしい。だから、あまり耳が聞こえない俺に読唇術なるものを教えてくれた。これで、少ししか聞こえない耳を補っているのだ。

林はつまり、それを知った上でしっかりと顔を向けて話をしてくれている。本当に察しがよすぎて笑えてしまう。

「ああ。気づいてた」

「何故言わなかった」

「お前、プライド高そうだからさ。耳が聞こえないなら筆談にしようなんて言ったら怒るだろ」

顔を見合わせて笑った。さえないおっさんなのにわかってるじゃねーか、林。

「ってことはイルザも知ってるんだろ」

「まあな。というか、あいつが勝手にわかっちまったんだけどな」

林はふう、とため息をついた。

「で、嘘ってなんなんだよ。そんなくだらねーことじゃねえよな」

「もちろんさ。それは自分で探しな。俺からは答えられない。……約束なんだよ」

苦々しそうに林は呟いた。どうやら林は林で事情があるらしい。
もし、イルザが重い嘘を抱えているなら、楽にしたいから俺にいうとかは考えないのだろうか、こいつは。

「バカ。答えくらい自分で見つけろよ。俺、仕事中だから行くわ。あとさ」

真剣そうな顔をして、林は呟いた。

「お前、俺の家の子になる気はないか」

「…なんだよ、憐れんでるのか」

「誰がお前のことを考えてるっていっんだよ。イルザのためだ」

そういいながら、頭を掻く林の言葉に説得力はなかった。何だかんだで俺も心配されているらしい。

「考えといてやんよ」

笑うと、林は少し安心したような表情をした。甲斐性なしなのに、俺のことを奥さんにどう説明するんだろう、なんて考えて少し笑ってしまった。

林は手を振ると仕事に戻って行った。俺は今日の仕事はないからおっさんたちが待っている家に戻った。



河川敷がみえてくると、周辺がざわざわと騒がしくなってきた。人があたりに多い。ランドセルが多い。耳が悪くてもわかる程度にうるさいのだ。絶対何かある。
夕暮れで赤に染まった道路を通りながらなんとなく不吉な予感がして、俺はハウスに向かって走った。
この時間だったら、イルザがいたっておかしくない、なんて明らかなことに気がついた。最低だ。
足を早めた。ハウスにたどり着いて、彼女の名前を叫んだ。

「イルザ、イルザ!!!」

人ごみに立っている人たちがこちらを向いた。おっさんの姿も見える。隙間から長くて白い髪がのぞいていた。

「イルザ…?」

くい、と服の裾が引っ張られた。。振り向くと、男の子が立っていた。白い髪、その顔はどこまでもイルザに似ている。いや、彼は。

「…ゴン」

「イル…ザ?」

傷だらけの顔が痛々しかった。歪んだ顔、白い肌に赤い傷。

「お前、髪は」

訪ねながらも抱きしめた。イルザは抵抗するそぶりも見せず、ただなすがままだった。

「ごめんね、嘘を、ついてて」

イルザは、俺の右耳に向かって言った。声が聞こえた。少年の、声。

小学五年生と言ったらもう声変わりが始まるのだろうか。少し低めの声。

「私、男なんだよ」

イルザの顔を見ると、半分泣いていた。

「おっさん。」

人ごみは消えていた。立っているのはおっさんと俺だけ。あの人ごみは、多分小学生と周辺のホームレスだったのだろう。イルザになにをしたのだろうか。

「なんだ?」

「イルザ、何されたんだ」

尋ねると、おっさんは苦笑した。なにかおかしいことでもいったのだろうか。腕の中で震えるイルザを抱きしめて、俺はおっさんを睨んだ。

「同級生の奴らにボコられてたんだよ。俺らが止めてやった。で、イルザは髪を切られて自暴自棄になってたってわけだ」

白い髪の束が地面に落ちていた。イルザはそれを見て、また少し泣いた。涙が俺のボロい服の上に落ちる。

「お前には言ってなかっただけでよ、何回もこういうことはあったんだよ」

ため息をついて言ったおっさんからイルザに目を移した。真っ赤な顔をしてうつむくイルザの顔を覗き込んだ。

「なんで、いってくれなかったんだ、イルザ」

「だって…ゴン、きっと悲しむと思って」

イルザは、元々男なのに変な格好をするから、という理由でいじめを受けていた。そもそも、白い髪、赤い目が悪目立ちしていた節もあるらしい。

ホームレスと付き合い始めてからエスカレートした。

なかなか口を割らないイルザの代わりに、おっさんが全部話してくれた。そんな話は聞いていない。何故言わなかった。何故話してくれなかった。

「君の嘘は、聞いたよ。もう、君のお父さんから、嘘をついているのは聞いていた」

イルザの胸に顔をうずめる。ボロボロの体。きっと、みとめたくない性別。だから俺はあえて彼を少女だと思うことにした。

「だからさ、お願いだから。もうそんな傷なんてつけないでくれ。俺がしっているイルザはそんなのじゃない。笑顔が綺麗なイルザだ。だからさ、もういなくならないでくれ、お願いだ」

「わたしを、許してくれるの?」

耳元で問われる言葉に、頷く。許すも何もない。イルザはなにもしてないじゃないか。ただ、コンプレックスをうちに秘めていただけで。

「ああ、許すさ。イルザ、また一緒に遊ぼう」

髪の短い彼女を抱きしめた。小刻みに震える体。性別なんて関係なく、俺は、イルザが、可哀想だと思うのだ。
誰にも言えなかったろう、辛かったろう。
ただ、俺はイルザを抱きしめ続けた。



「本当に行っちまうのか?」

「ああ、林もありがとな」

朝早く、いたら挨拶をしようと思って、林のところにいくと、林は交番でうとうととしていた。

結局のところ、俺はイルザと一緒にいるべき人間ではない。捨て子だし、何よりこんな怪しい人間といたら、いじめられなくてもいいのにイルザがいじめられてしまうだろう。それだけは絶対に避けたかった。

「林に誘ってもらったのによ、悪いな」

「気にすんなよ」

力強く肩を叩く林はやっぱり、イルザの父親だ。半分泣きかけているのがわかった。

「俺も嘘つきだったんだな、結局」

苦笑いすると、涙目のおっさんはなにいってるんだよ、と笑いながら言った。お前はまだ帰ってこれるだろう、と。

そうだ、まだ俺は帰ってこれる。
こんなご時世、戸籍やなまえがないにんげんがいていいわけがないと思うのだ。とりあえず、養護施設に行ってみて、その後のことはまたこれから考えようかと思う。
いつか、イルザのそばに、いてあげれるためなら、それで、構わないのだ。

「じゃあな、林」

笑顔で手を振ると、林は口をもごもごとうごかした。

「俺が一番のーーー」

林が微かにつぶやいた言葉は、読み取れなくて、でも、読み取れなくてもいい気がした。
だって、いつか帰ってくればその言葉を聞けるのだから。








四人の嘘つきの話。





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