深海フラストレーション

グロ注意













溺れるような夢を見た。





海の底のように、静かで暗い場所。

反響するほの昏い水音と、オレの足音。暗い部屋の中には、なにか生々しい匂いがただよっていてここだけ外と隔離されているような感覚をもつ。実際、ここは外の明るい世界とは隔離された場所だ。どこまでも裏の世界。日の当たらない、場所。
そして、そんな場所でしか生きられないオレもまた、裏の人間だということだ。

「……ジロー」

無意識にその名前を出す。カラカラの喉からはかすれた声しか出ない。腹が空腹を訴えている。ここ3日何も食べていないからだと思う。
食べないんじゃない、食べれないのだ。いくら空腹でも、オレの身体はあの食物以外を受け付けなくなりつつある。
水をすこし口に含む。錆びた味と、臭い匂い。だって、ここは路地裏、滅多に人なんてこねえ、そういう場所なのだから。旨い水なんてもとめちゃいない。ただ、胃の中を少しだけ満たせればいいのだ。この空腹を誤魔化せれば、それでいい。

「ニカ」

耳の横で声がした。ふと隣をみると、無表情のジローが立っていた。オレと似ているようで、全く似ていない端正な顔立ち。日の光の下でみれはきっと天使のように見えるだろうその髪と目の色味は、オレと同じだ。

「ジロー、か」

「そんな死にそうな顔しないでくださいよ、ニカ。ごめんなさいね、最近あまり依頼がなかったものですから。……こらこら、抱きつかないでください」

足がふらついて、ジローに抱きつくとジローは嫌な顔もせず無表情のまま受け止めてくれた。両手を背中に回してオレをうけとめてくれる。死にそうな顔なんてしていたのかオレは。ジローを心配させてしまうなんて情けない。

すこしオレより小さなその身体は、多分オレより強くできている。力があるようにはとても見えない細い指がオレの少し長めの白い髪を梳いた。

「ニカは甘えたがりですね」

「……だめか?」

困ったように笑うジローにオレは真顔で問いかけた。嫌がられるのならやめなければいけないと思う。ジローが嫌がることはオレはしないと決めているからだ。

「いえ、そんなことありませんよ……。それより、貴方の食料ですが、あのトランクの中にたくさん入っています。」

ジローが指差した先には、真っ黒で大きな旅行用トランクがおいてあった。あんなものを抱えてどうやって音もせずに入ってこれたのかは多分聞かないほうが良いのだろう。

「ジロー」

「なんですか?」

「ありがとう」

ジローに向かって微笑むと、オレはおぼつかない足取りでトランクへと歩んだ。
栄養不足の脚が悲鳴をあげ、トランクから漏れ出す匂いを察知して、溢れ出す唾を嚥下した。

やっとのことでトランクにたどり着くと、中には大人二人の死体が入っていた。眼球が抉られているが、それ以外はなにも問題はない。死体の状態も良好で、新鮮そうな血の匂いが漂ってきた。
最近、ここまで新鮮な食料にはありつけていなかった。仕事で余った腐りかけの内臓で我慢してきたのだ。オレにとってはごちそうだ。

ニンゲンは、とても美味しい。

一度その味を知ってしまうと、街中を歩いている全てのニンゲンを殺して、食べてしまいたくなるほどに。オレには自制心がない。だからこそ、こんな暗い場所で、隠れるようにして暮らさなければならない。そう、ジローに言い渡されてからオレはここで細々とジローに養ってもらいながら暮らしている。

「今日は、どんな人」

「駆け落ちしたカップルですよ」

生前は幸せだったのかもしれない男女。二人一緒に死ねて、幸せだったろうか。

懐からナイフを取り出すと、女の太ももの肉を切り取った。少し太っている女の、その太ももは白い脂と赤い身でできていて、その綺麗さはオレに食べてもらうために存在しているかのようだった。
肉をそのまま口の中に含むと、まろやかな味が口いっぱいに広がった。血の鉄のような味でさえ、スパイスに感じる。柔らかなモモの肉。きっと、地球上のどんな食べ物よりも人は美味しい。

太ももを喰らい、空腹感が少し和らぐと、二人分の死体を見つめた。これなら、一週間は食べるものに困らないだろう。

「ありがとうございます、ニカ。死体の処理をしてくれて」

「いや…オレが好きでやっている仕事だしな。こちらこそ、食料ありがとう」

死体をノコギリで少しずつ切断していく。小分けにして冷蔵庫や冷凍庫に保存できるようにするためだ。それを見つめるジローの瞳はなんの感情もともなっていなかった。血の匂いがあたりに広がる。咎めるものなどいない。

オレたち兄弟、いつからこんなに狂っちまったのだろうか。いつからこんな世界で生きていてもなにも感じなくなってしまったのだろうか。
深海にいきていて、退化した魚のようにオレらの心も退化していく。もう、きっと光の下で過ごせていたあの頃には戻れない。

でも、それでも。人の肉をこれからも食べ続けることができるのなら、オレは生きることは厭わない。
暗い世界の中で、人をたべていけるのならばオレは、それで。














カニバリズムの話。
憂さんリクエスト「特殊嗜好の子で暗い話」をかいたつもりだったのですが、思わずぐろくなってしまいました…すいません。









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