こどもとおとな

大人になるに連れて、俺たちは涙を流さなくなった。
感情が薄れたのか、泣くような出来事が減っていったのか。
唯一僕にわかることは、小さ

い頃は何にでも感化されて泣いていた俺も、そして彼女も、大人の仲間入りをしてしまった、ということだけだ。





「おい。寝てんなよ。もう放課後だぞ」

放課後の教室で眠っていた彼女をどつく。机に突っ伏して寝ていた彼女は、俺にどつかれた瞬間、なにかに気づいたように机を揺さぶりながら起きた。

「えっもう放課後?」

夕明かりにぼんやりと照らされた教室にはすでに俺と彼女しかいなかった。それはそうだ。クラスメイトたちは、明日はテストだからと掃除も早々に切り上げて帰って行ったのだから。

「放課後だぞ。てかいつから寝てるのお前」

「5限目」

「2時からずっと寝てるっていうのかよ…」

彼女は少しうんざりした顔をしながら、こげ茶色の長い髪を束ねた。

「仕方ないでしょ、眠かったんだから」

「開き直るなよ……。今日は俺の家で昔のビデオ見るんだろ」

「ああ、うん。ごめん。もうちょいまって」

彼女は急いで帰る準備を始めた。俺はそれを少し笑いながら見守る。

今日はうっとおしい親がいないから彼女と二人で昔のビデオを見る約束をしていた。
一週間くらいまえに押入れの掃除をしていて見つけたものだ。うちの母親がとったものだと思われる。随分と小さな頃の俺と彼女のビデオだった。
彼女と俺は幼馴染でしかも家が隣同士ということもあって、まあまあ仲が良い。
だからといって、お付き合いをしているわけではない。俺にも彼女にも恋人がいるのだ。そんな甘い関係でもない。性別を気にしなくてもよい友人、それが俺と彼女との関係だ。

「ねえ、どんなビデオなの」

「んー。俺もまだ見てないんだよね」

俺が見たのはラベルとビデオカセットだけ。母はニヤニヤして俺にそれを渡してきたので、ロクでもないものだとはわかっていたが、彼女の名前がラベルに書いてあるの彼女にも見せるべきだろう。




俺の部屋に着くと彼女は地べたに座って、まだついてもいないテレビを見つめてた。一応親のいない男の部屋であるにもかかわらず、全く警戒心がない。それだけ信用されているってことなのだろうが、少しだけ苦笑いを浮かべてしまうのは仕方ないだろう。

「ねえねえ」

「何」

「昔も良くこうやってあんたの部屋で遊んだね」

「ああ……最近じゃめっきり遊ばなくなったな」

大人になるにつれて、俺の部屋への彼女の訪問は減り、また彼女と話す回数もそれと比例するように少なくなっていった。
それでも、繋がれているのはメールはまだ続けていたのとお隣だからという事情があるからだ。こんな風に自然に話せているのが逆に不思議なくらいだ。もしかしたら緊張のしすぎなのかもしれない。

「でも、変わってないね」

彼女は部屋を見渡しながら呟いた。子供の目をした彼女は少し口元に笑みを浮かべていた。昔のものなんてほとんどないシンプルな部屋を見て、不思議なことを。

「そうかな、あの頃のものは殆どないはずだけど」

「違うの、雰囲気があんたらしいっていうか……。そう、雰囲気が変わってないのね」

彼女は1人で納得して画面に目を戻した。意味がわからないままに俺は、ビデオをセットする。

古めかしい音を立ててビデオデッキは動き出す。俺はテレビをつけて、ビデオを再生した。

「ちっさ」

画面の中には小さな頃の俺と彼女が映っていた。多分、三歳くらいだろう。まだ腕も足も短くて、頭が大きくて、よたよたと歩く姿は、とても自分だとは思えなかった。

「小さな頃ってさ、全部が大きく見えたよね」

彼女は笑う。むかしはドアの取っ手にだって手が届かなかった。階段だって這って上った。そんな小さな頃、俺は鏡すら見れなかったからこの俺の姿が不思議なのかもしれない。

小さい頃の彼女は思い出通りの姿で、無邪気に笑っていた。スカートをはためかせて、しあわせそうに。

俺はそんな彼女を笑いながら追いかけていた。こんなことあったっけか。多すぎて思い出せもしない。
しばらく走っていると、彼女が何かにつまずいたのか転んで、泣き出した。そんな彼女にぶつかって俺も泣き出す。
この頃は、「オトコのコなんだから泣かないの」なんていわれず、ただ泣けば良かった。彼女だって泣くのを我慢せずに泣いていた。目はぐずぐず、鼻水も飛ばし、二人とも泣いていて親はなだめるのに必死そうだった。

「懐かしいな」

そう言って、隣に座っている彼女の方をみると、彼女は何故か泣いていた。

「どうした」

「んっ、いや、ごめん」

彼女は零れ落ちそうな涙を拭うと、無理やり笑った。

「だって、わたし、泣いてるから。最近、泣くことなんて無理やりにでも抑えてたのに、小さなわたしは自然に泣いてて、それが羨ましくて」

彼女の涙を見たのは、記憶の中では初めてだった。ビデオのように絶対もっとないていることはあるとは思うのだ。それでも、俺の記憶の中の彼女は強くて、決して泣かない人だったから。

僕は黙って、そのまま彼女の隣でビデオを見続けた。




「ありがと」

帰りに彼女は笑ってそういった。

「何が」

見送るために外にでた俺は、首をかしげた。別に彼女に感謝されるようなことはしていないのに。

「黙ってそばにいてくれるのが一番嬉しいんだよ。あんたは気づいてないみたいだけどさ」

彼女は、苦笑して軽く俺の肩を叩くと隣の家に向かった。それを少しだけ笑いながら俺は見守る。

大人になると涙を流さない。だけど、涙を流すその一瞬だけ、子供に戻るんじゃないか。その心を取り戻すんじゃないかと、俺はおもった。








企画サイト手帖様へ提出作品
お題「はじめての涙」



涙なんて、忘れてしまった僕らに捧ぐ。




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