眼球メランコリー
目の前に座る少女は、瓶に囲まれていた。
大量の眼球の入った瓶。その真ん中で少女はため息をついた。
真っ黒でヒラヒラとした巷でゴスロリと呼ばれる衣装に身を包んだ美少女はイライラしているのか、不機嫌な顔で呟いた。
「足りない」
憂鬱そうに揺れる紅い双眸は見るものを惑わしてしまいそうだ。そんな彼女の前にいる僕とはいえば、彼女に金色の瞳を向けて無表情で立っていた。
彼女と僕との因縁は、かなり昔からのものだ。多分10年くらいまえからじゃないだろうか。
彼女はオキュロフィリア……すなわち、眼球愛好者なのだ。昔、僕と出会った時、彼女はすでにこんな生活をしていた。部屋はもう酷い有様で腐った眼球がゴロゴロと転がっていて、しかも腐臭を物ともせずに彼女はそこに座って恍惚そうな笑みを浮かべていたものだ。
……ちなみに、僕がこの部屋の片付けをしている。だって腐った眼球といったらとても気持ち悪いのだ。ぶよぶよしてエグい。
僕は彼女みたいに眼球に興味があるわけではないのでなおさらだ。よくこなければいけないのだ。だったら綺麗にしておいたほうが気分はいいのだ。
彼女は僕のことを便利屋扱いしかしていないようだが。
「なにが足りないんですか?」
無表情のまま、僕は彼女に聞いた。本当のところわかっているのだ。なにが足りないかなんて。ただ、聞いてあげないと可哀想だという気持ちが沸き起こっているのは確かで、まあこれが僕らのやりとりだから仕方ないのだとあきらめて彼女尋ねた。
「目玉が……足りない。なんでよ、あんた、もしかして今日持ってきた分少しサボったでしょ」
「なんで僕がサボらなきゃいけないんですか?しんで下さい。あんたが死んでくれればここは丸く収まる」
心外なことを言われた僕は、さらりとそういった。
「ばかね、私が死ぬ前にあんたが死ぬわ」
「うるさいです。あんたを殺す方法なんていくらでもあるんですよ? あとが面倒だからしてないだけです。責任とってしんでください。大丈夫です。死体は海に沈めるので」
僕が本気なことを察したのか流石に彼女は黙った。いつもうるさいのに、こういう時だけ静かになる。そんな彼女のことが僕は大好きだ。
僕は暗殺者だ。前、彼女を暗殺するために仕向けられた暗殺者。
眼球に囲まれている彼女はそれでも一応両家の子女で、紅いドレスを着て笑っている写真を見たら楽勝だと思った。
……現実は違った。
無駄に賢い彼女は、隠れている僕に向かってさも当然のように腐った眼球を投げつけてきた。それも何回も。
暗殺者顔負けの命中率。鼻が曲がる。白目と腐った血液が皮膚にぐちゃぐちゃと当たって気分は最低だった。はきそうだ。
今まで、お嬢様や金持ちしか狙ったことがなかったからか、彼女みたいな異常者には最初は対処できなかった……まあ、すぐに組み敷いたが。
結局僕は彼女に一目惚れした。愛してる。だから殺すのは最後だ。
そして、今では眼球愛好者の彼女の元に日々、殺した人間をとどけて、金を貰っている毎日だ。
「あ、この人の目の色好きだわぁ……サファイアみたい」
彼女はさっきまで憂鬱そうに座り込んでいたのが嘘のように、僕が殺してきた死体をみてうっとりと笑んでいた。
若い少年の眼窩のなかに、ほそく綺麗な指をいれると、そのまま青い眼球だけを抉った。
頬は紅潮して、眼は快楽を求めて潤んでいる。本当に美しく、艶やかな彼女を見て僕も静かに息を吐いた。
彼女は静かに綺麗な眼球を口に含むとそのまま咀嚼した。幸せそうな表情だ。赤く染まった耳、健全に紅い唇から溢れんばかりの血の色……彼女を食べてしまいたい。
僕は彼女に近づいて後ろから抱きしめた。彼女はかすかに肩を震わせた。長い黒髪が少しかかっている首の後ろもほんのりと色づいている。
「報酬、いただきますよ」
そう言って彼女の首の後ろにナイフを立てた。皮膚をうすく傷つけると、血がゆっくりと流れ落ちる。
「……あんたってへんたいね。私の血なんか好きなんて。まるで、吸血鬼だわ」
「僕は吸血鬼じゃありませんよ、血が好きなただの人間です。……あなたほど、変態ではありませんよ」
彼女の首に顔をうずめて舐めるとさらに耳が赤く染まる。
「あんたもものずきね……いいわ、あんたのめ、すきだから」
彼女はそう言って微笑んだ。僕も少し笑う。
離れられなく、してしまおう。
眼球以外を愛せない彼女を依存させてしまえばいい。
……そうすれば、僕はずっと彼女のそばにいて、あげられるのだから……。
end
これも一つの愛の形
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