よっつのうそ 前

「君の嘘は聞いたよ」

俺はそう言って目の前の少女の胸に顔を埋めた。

「だから、もういなくならないでくれ。お願いだ」

少女は滑らかな白い髪を揺らして、赤い目を不安げに曇らせた。

この子が、罪悪感も、悲しみもなしに、をついているのはわかっていた。だけど、やっぱりそれでも理不尽だって思うのだ。





世間一般では、俺の事をホームレスと言うらしい。そして、そう言う人は大抵俺の事を「人生の敗者」などとほざくのだ。
確かに、俺は人生の敗者かもしれない。食べるものだってほとんどない。家を借りる余裕もないから外に住んでいて、戸籍自体わからないし、本名だってわからないから怪しげな仕事にしかつく事ができない。
たしかに、俺はみすぼらしいさ。でも、生まれてからこの方、こうだったんだ。
小さなときに親に捨てられて、その後河川敷のホームレスに育てられてきた俺の気持ちが誰にわかるのか。
少なくとも、ぬくぬくと暮らしつづけて、そんなものすらわからない奴らに、人生の敗者だなんて言われる覚えはない。
俺は、この世界で、色々なものを見て、聞いてきたんだ。
ここにいるホームレスのおっさんたちも、色々事情がある。たしかに俺らは負け犬かもしれないさ。だけど、自殺という行為にたどりつくまでは、まだ自分の人生には負けていない。俺らは自分と戦ってんだ。負けやしないさ。


最近、白い少女が俺らの所によく来るようになった。
目は赤くて、髪は白い。肌は異様なほど病的に白くて、俺と対極の位置にいるようにも見えた。俺の育て親の爺さんに聞いたら、そう言うのはアルビノって言うらしい。はじめて見た。純粋に綺麗だと思えた。だって、天使みたいだ。

「お兄さんおなまえ、なんて言うの?」
最初に声をかけてきたのは、少女の方だった。赤い目をまるくして、こちらをみてくる。

「…ゴン」

名前なんて適当に育て親の爺さんにつけられた。しかも名無しの権兵衛のゴン、だ。
それなのに少女は笑顔をこちらに向けた。

「ふしぎな名前ねぇ。わたしはね、いるざっていうの」

「外国人?」
「ええとね、こうやってかくのよ」
イルザは自分の名前を拙い字で地面に書き取った。

依流座

……名前をつけた親のセンスを疑いたくなるような感じだった。その点、俺は少しイルザに親近感を持つようになった。

それから、イルザは何故か俺になつきはじめた。俺は汚い体と、真っ黒な髪。お世辞にもかっこいいとは言える顔の持ち主でもなかったのにイルザは喜んで俺に話しかけた。
俺もできる限りイルザに答えた。だけど、そんな日が何日も続かないというのはわかっていた。
子供というのは残酷なもので、親に教えられた事を忠実に守る。だから、俺らを蔑む親の子は、俺らを蔑み、暴行を加えるようになるのだ。それでも、イルザは俺らと一緒にいた。毎日俺らの家に通ってはまん丸な目で俺の顔を見つめて、話しかけてきた。

あるとき、イルザが顔に赤黒い痣を作ってきたことがあった。俺たちは本気で心配したが、イルザはただ、目を伏せて心配しないで、と微かに笑いながらいうだけだった。

俺らがイルザにあってから二年。イルザは小学5年生になった。そばかすが目立つようになった白い肌と、長く伸ばした白い髪。ただ、よく怪我をしているのが本当に心配で、イルザは怪我が治りにくいようだったから、俺は不安だった。


そして、今日。
俺は、イルザの父親に、会ってしまった。
そいつは、ここらの交番にいる警官で、俺も前々から面識がある人物だった。中肉中背、美しいイルザとはちがいあまり印象がのこらない中年男性だった。

「おい、若いの」
「はい?」

肩を叩かれて、振り返るとコンビニ袋をぶら下げたそいつがいた。ただ、非番なのか制服はきていない。名前はたしか……林、だった気がする。
「何かよう?」
敬語なんて面倒なことばを俺は知らないので、適当な言葉で林に尋ねた。
「ようもなにも、うちのイルザが世話になってるらしいじゃねえか。その礼をな」

林は強く俺の方を叩いた。
「イルザはよ、あんなんだから友達がいねぇんだ。ずっと小さい頃から暗かった。でも、お前たちと関わったおかげで、明るくなれたよ」

「林さんは俺らとイルザが関わっててもいいのか?」
「んー……。悪くもないし良くもないさ。他の連中はともかく、お前の境遇には同情してるしな。俺も何回か話して、いい奴だとは知ってるし」

そう言うと林はふう、とためいきをついてコンビニ袋から肉まんを二つ取り出して、一つを俺に差し出した。ありがたくいただいておく。

「お前に教えといてやるよ。あの子はな、嘘をお前たちについている」

「小さなものだろ。子供がつくような嘘なんだから」

「イルザは賢い子だ。小さい嘘なんてつけないさ。ただ、あの子は正直者でな、めったなことで嘘はつかないから、いくつも嘘を抱え込むのは、あの子にとって負担なんだよ」

小さい女の子に負担をかけているなんて思いもよらなかった俺は、色々考えてみた。

「それを、俺の口から言えってことか」

「そうしてくれると助かる。せめて、お前らのことだけはいいこととして記憶に残しといてやりたいんだ」





続く。




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