06




地に足がつく感覚が戻ってきた。
重心が落ち着く。
平衡覚が目覚めてきた。
例えるならそんな感じ。
後ろから支えてくれている佐助さんに一言、ありがとうございました。もう大丈夫、と言った
彼はどういたしまして!と笑って、一瞬ぎゅっと力を込めてからゆっくりと腕を外してくれた。
一瞬だったが少し驚いた。
いや、驚いた。
というよりはときめいた。のが正しいかもしれない。なんて、内緒だ。

それより、。
私が幸村さんに此処へ、お館様のお部屋に連れてこられて、多分5分は経った。
が、私の耳鳴りはまだ治らない。
むしろ悪化している。
おかげで頭ががんがんと警告を鳴らし続ける。
鳴り止まない原因?んなもん一つだけだ。


「お館様ぁ!この幸村、まだまだ未熟者でござったっ!!」
「うむ、日々精進せい!!幸村ぁ!!!」
「お館様!!」
「幸村ぁ!!」
「おやかたさむあああ!!!」
「ゆきむるぁああああ!!!」


この目の前で繰り広げられる熱(苦し)い男たちによる大音量の掛け合いだ。ビリビリと肌が刺激を受ける。
この場から遠ざかりたいが、後の世に名が残るほどの人たちに何の許可を得るでもなしに出るわけには行かないし、
理由がアンタらが五月蝿いからです、なんて言えるわけがない。
それこそ、武田信玄公に無礼を働いたと見なされて、殺されかねない。
おかげで耳を両手で塞ぎっぱなしで、ただ耐えるしかない。
まだ終わらないのかなぁ。

隣からひょっこり顔をのぞき込む佐助さんが、「ごめんねー、名前ちゃん。多分そろそろ終わるから」と申し訳なさそうに言った。

「わかるんですか?」と聞いたら、「うん。まぁ、いつもやってるからね。嫌でもわかっちゃうよ…」、とげんなりした顔で答えた。
…彼も彼で苦労をしているようだ。
お疲れ様です。と、労ってみた。
一拍あく。
それからありがとうね。と頭をくしゃっと撫でられる。
少しだけ、驚いた。
軽く俯く。
なんだか、少し、照れる。
へらり、ごまかしで笑う。

「佐助ぇぇぇっ!!」

幸村さんが吠えた。
見ると、佐助さんの言うとおり、終わったようだった。
よかった。
両手を耳から外す。
同時に佐助さんの手も外される。ドタドタと幸村さんも私の隣に並ぶ。
お館様、が「ほぉ」と声を上げて、私を見た。
気のせいでなければ、その目は、微笑ましい光景を見るものだった。
「名前ちゃん、自己紹介して」とこっそり佐助さんから促される。
そこではっとして、あわてて正座をし、頭を下げる。

「よいよい、頭を上げよ」
「はい。」

頭を上げる。
すると先ほどとは打って変わって、お館様の目は全てを見透かすように鋭く光っていた。
そらしてはいけない。
佐助さんのあの目のようだ。
息を吸って前を、お館様を見据える。

「そなたの名はなんと申す。」

とても威厳のある声だ。

「私は苗字 名前と申します。以後、お見知り置きを」

「苗字…?」

幸村さんがこぼした。
聞いたことがない、と。

「…。どこから参った」
「…私は後の、この世から参りました」
「…話せ。
なぜそう言えるのか、話してみよ」

一拍。

「…私のいた、約400年後の世界のことです。
私のいた時代では、全ての人に名字が与えられています。
私のいた時代には、電気というエネルギーを使ったからくりが当たり前にあります。
私のいた時代には、」

また一拍。

「あなた達は、過去の人物として教えられています」


しん、と部屋が静まり返る。


「なんと…!名前殿、それは誠にござるか!!」

幸村さんが沈黙を破って戸惑った様子で問う。

「旦那、落ち着いて」
「落ち着けるものか!!こんな、某たちが、過去の……!」
「黙らんか幸村ぁ!!」

お館様が吠える。

「しかし、お館様…!」
「…おぬし、名前と言ったな」

さっきよりも目が強くなる。

「……………は、い。」
「それらには、嘘偽りはないな?」
「何一つ、としてございません…!」

じっと睨むようにみられ、
息が今にも詰まりそうになるくらいに威圧を感じる。
が、それに負けない、ように睨み返す。

「真なのだな!!!」

ビリビリと耳に届く怒鳴り声。
それに負けぬように精一杯腹から声を出して「はいっ!!!」と返す!

「ならばよし!!」

そしてお館様が気持ちいいくらいに豪快に笑い始める。


一拍。

「…………あれ?」

あまりの展開の早さについていけない。
両隣もぽっかーんとしていた。

「あらかじめ佐助から報告を受けておったんじゃが、どのような女子なのか気になっての!
試すようなマネをして、すまんかった!」
「…え?あ、はい」
「大将てばお茶目というかなんというか…」
「…お…館、様?」
「時に、名前。お主には行く宛はあるか?」
「…いえ。」

あるにはあるが、ここでは、ない。
だが戻る方法なんざわからない。
よって、ない

「ならば、わしの娘にならんか?」
「…え?」

ちょっと待て。
武田信玄公の娘って、イコール姫ですよね?

「はいいいいいっ!?」
「ちょ、大将!?何考えてんの!」

佐助さんが慌てる。
そうだ、何考えてんだ!

「よいのだ、佐助。
名前は、未来から来た。そしてわしらの行く先を知っておる。わかるか?」
「それはつまり」
「…利用なさるおつもりなのですか…!」

幸村さんが静かに問うた。
「旦那…?」
「名前殿を利用するために姫にすると…!」
「幸村さん?」

お館様を真っ直ぐに見据える。
まるで威嚇するかのように。

「話は最後まで聞かぬか!馬鹿者っ!!」

お館様が怒鳴る。

「名前。おぬしは未来から来た。そして、わしらの行く先を知っておる。
もしも、この娘が他に行きそれを話してみろ。どうなる」
「それは、」
「それにゆく宛のない名前にとっても悪いことではない。衣食住に不自由はせぬ。身の安全も確保出来る。
どうじゃ?」

にっこり、お館様は笑い問う。
確かに、それは悪いことではない。
だけど、それは―――


「私に今までの居場所を捨てろ、とおっしゃるのですか…?」


とても残酷なことだと思う。
ここの武田の【姫】になる、ということは苗字 名前という名前を消さなくてはいけない。
つまり、私を捨てなくてはいけない。
ここに居る、ということはそういう事だ。お館様を見つめる。
目をそらしたりはされなかったが、少し、目を伏せた。
途端に、口が開く。


「私にはまだ、あっちにやり残したことが数えきることの出来ないくらいあります。あっちには家族や、友人もいます。
生まれてから全ての時間をあっちで過ごして、…っなのに!!」

つい、目頭が熱くなる。

「なのに、なんで、、私、家族も、友達も…いない、独りに、なっちゃう、…!!」

顔を両手で覆う。
いけない。
別に、お館様は悪くない。
なのに、責めるような口調になってしまう。

「帰りたいよ、お母さん…!独りは、嫌だよっ…」
「名前殿…」
「名前ちゃん…」


さっき幸村さんにこぼしたときよりも、辛かった。
ぎしっと床が音を立て、私の前に人が立ったことを知らせる。
しゃがむような布切れの擦られる音。
とても堅く大きな手が頭に乗った。


「名前、別に捨てろとはいわぬ。苗字 名前のままでいい。」

とても威厳のあるあの低い声が言った。
手を外して、お館様を見る。

「わしはな、名前。おぬしが気に入っただけじゃ。
あそこまで威勢のいい返事を女子から聞いたのは久しくてな!
なにも、世の行く先を聞き、利用したいわけでも、そのように泣かせたいわけではない。
ただ、お主をひとりにしたくないのだ。
帰りたいのなら、出来る限り協力もしよう。
名前が帰るのならば帰るまででも、よいのだ」


ひとつひとつ、子供にいい聞かせるようにゆっくりと低く言われたそれをひとつひとつかみ砕いていく。
すとん、と箱が落ちるように、心にそれらは落ち着いていく。


「もう一度、聞こう。名前、わしの娘になってはくれぬか?」


お館様はにこっと笑った。
私は力の限り抱きついて、力の限り頷いた!





きみと、いひと。

(お館さばあぁぁぁあ!!この幸村、感動致しましたぁあ!)
(うわっ!ちょっと、旦那!汚いから顔拭いてよね!!)
(はっはっはっ!!)




*20090201




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