03




目は相変わらず、獲物を射止めようと言わんばかりにモノをいう。

「へぇ。じゃあなに?
名前ちゃんはこの時間の、この時代のひとじゃないと?」
「…恐らくそうです」
「アハー、面白いことを言うね。」

「信じて!」
「信じると思う?証拠でも在るなら別だけど」
「………」


証拠。
それを求められている。証拠。証拠。証拠。


「…私の鞄、をください。」
「あの変な風呂敷のこと?」
「そうです」
「……変なことする気を起こさないでね?」
「わかっています」


瞬く間に男は姿を消した。
鞄を取りに行ったのだろう。


あらゆる意味で冷えた空気を、目を閉じて、深く吐く。
鼻から、深く、吸う。
まだだ。まだだ。まだだ。
まだ、紐解いてはいけない。
誰もいなくなったそこをまだ見据えなくてはいけない。
耳をすます。
しん、とまた耳鳴りにも似たそれが響く。
ああ、こんなに静かな音。
山道で感じた、あの孤独な音。
が、一瞬途切れた。
喝目する。男が、鞄を、持ってそこにいた。
驚いた。
男も驚いた顔をしていた。

「鞄…」
「…あぁ!はい、どうぞ」
布団の上、ちょうど私の膝のあたりにぼすんと置かれた紺色のそれが、なんだかとても愛おしく思えた。
いつもくそ重たいと罵っていた鞄の重みが、程よく感じた。
私の、数少ない、所有物。
私が、平成の世にいたという証拠の塊。
抱き締めた。
表面が濡れていて、冷たかった。

しばらくそうしていたら男が痺れを切らしたように、「名前ちゃん」と呼んだ。
私はそれに答えてから「それでは、」と鞄を漁る。
妙な静寂が流れた。
男はしゃがみこんで私の手元をまじまじと見ている。
とりあえず、デジカメを取り出した。
紅い皮のケースに入れたそれは、ボディも赤かった。
目にいたいその色は、私の趣味ではなく、家族の趣味だった。
それ、は私の頭の中でさっきのあの人を彷彿とさせた。
少し、笑えた。

「先に言わせていただきます。コレは、光りますけど、何も害はありませんから」

すでに手元のそれに大半の意識を持っていかれていた男は、一泊遅れて「あいよ」と返した。電源を入れる。
ピピッと鳴る起動を知らせる電子音と、カションと出るレンズ。
モニターに、布団と鞄と畳、つまり手元からの光景が鮮明に映される。
鳥が視界の隅に映った。
男はそれに反応して威圧感を強めた。
男の目はこれに釘付けだが、意識はしっかり全てに向けられていた。

何を撮ろうか少し考えて、あの人が出て行った、開けっ放しの襖を、そこから見える雪景色を撮ろうと考えた。
レンズをそちらに向ける。
同時に男もそちらを向く。
シャッターボタンの上に置かれた人差し指に力を――――


ドタドタドタドタドタドタドタドタ!!


突然、静寂を破る音が響いた。
音は次第に近づいた。
何事かとついカメラを構えたまま固まった。
音は開けっ放しの襖から入って来ていた。
もしかしたら、なんてまたあの人を思い出した。
男は苦笑を浮かべて、いた。


ずさーー―――――――。


開けっ放しの襖に赤が横切った。

が、「佐助ぇ!!」と彼は出て行ったときと同様に大声で、入ってきた。
目が点になる、とはこういうことだろうか。


「もう旦那ってば、廊下は走るなって言えばわかるの。
名前ちゃん、吃驚してるでしょ?」
「うむ、そなたは名前殿というのか。すまなかったでござる!」
「あ、いえ。大丈夫、です。」


気を張り詰めていた、状況が、消えた。
佐助、とよばれた男を見ると、あの威圧感はなくなってた。
ただ、やはりデジカメに興味を示していた。


「そうだ、旦那も名前ちゃんの話を聞いて」
「名前殿、の?」
「そう。
名前ちゃん、この時間のひとじゃないんだって。」
「なに!?誠でござるかっ!」
「わからないよ。だからその証拠を見せてもらっているところ、だよね?」
「…はい。」


ああ、なくなったたわけじゃなかった。
目が、まだ笑っていなかった。

カメラを再度構える。

「…これは、デジタルカメラ、というものです。今、在るモノをそのまま一枚の絵という形で留めておけるものです。」
「へぇ、」
「残したいモノにこのレンズ、を向けて、この出っ張りを、押します。」


ピピッという音のあと、フラッシュがたかれ、雪景色が画面に映された。
紅い人が「うおぉぉ!!なにやつ!」と光った瞬間騒いだが、佐助、さんは黙ってそれを見ていた。
「それでこんな感じになります。」とデータフォルダを開いて、さっきの写真を見せる。


「へえ、俺様関心しちゃった!すごいからくりだね」
「なんと面妖なからくりか!!お館さまにもお見せしたいでござる!!」

カメラを佐助さんに渡すと目を輝かせた。
紅い人は興奮し始め、うおぉぉ!と叫ぶ。
それを正直煩いと思うが、見ていて楽しいというのも本音だ。


「お楽しみのところ悪いのですが、」

本題、だ。

「…………信じて、いただけましたか?」


二人して一瞬目を瞬かせてから「もちろんでござるぅぅうう!!」と紅い人が吠えた。煩い。
佐助さんは「これを見せられたら流石にね」と、しぶしぶと言った。

よかった。
信じて、もらえ、た。
理解したとたんに、緊張とかいろいろな何かが紐解けて、堰を切ったかのように、震えと、涙が出た。

ええ!?と二人して驚く。
佐助はその際に、手を離してしまい、カメラが布団の上にぽすんと乗った。
紅い人がおろおろとしだした。
何はともあれ、一件落着、ってやつだ。
はらはら泣きながら、力なくへらりと笑った。
紅い人が息を飲んだ。
佐助さんが息を一つ吐いて、ごめんねーと言ってしゃがみこんで、視線を合わせる。

よかった、怖くない目をしてる。
ふと頭に重みを感じて、見上げると紅い人が、顔を赤くしながら、ぎこちなく頭を撫でていた。
佐助さんが「あらま」と声を漏らす。

その手が、あまりに優しくて、暖かくて、大きくて、気付いたら震えは止まっていた。
紅い人が赤面したまま笑った。





きみと、あんん。



(信じてくれて、ありがとう、…!)

(…あ、この人可愛いなあ)


*20090125



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