02



目を開けたら、真ん前に人が、人の顔があった。
ピントが合わず、人と判断するより、まず色として判断した。
肌色と、優しい茶色と、目にいたい、紅色だった。
いったい何事なのだろうと、頭が状況を把握しようと動き始めた。

色と、目が合う。

すると、色はバッと遠ざかったのだ。
離れたことにより、急に覚醒を始めた視覚は、それを、男の人と捉えた。
赤い鉢巻を巻いた結構な男前だった。


「………」
「は」
「………」(?)
「破廉恥でござる―――――!!叱ってくだされ、お館さまあああ!!」

スパンッと襖を開け放って、ドタドタと、騒々しく、その色は、男の人は出て行った。
耳がきーん、と音が反響している。
なにを言い出すかと思いきや、破廉恥って。
今時、破廉恥なんて言葉を使う青年は珍しく思えた。
語尾にはござる。
よっぽど時代劇が好きなのだろうか、なんて。
笑った。


青年が出て行った襖は開け放たれたままだった。
外が見えた。



外には見事に雪が降り積もっていた。
雪は止み、日の光がさんさんとそれらを照らして、きらきらと輝いていた。
風が吹くと、ひんやりとした温度を感じ取った。
ああ、寒い。なんて、思ってしまった。


どうやらこれは、夢ではないとは確信をした。


ならば、此処はどこなのだろう。
さっきの青年が連れてきたのだろう純和風のこの家はどこに、あるのだろう。
体を起こして、部屋を見渡す。
開け放たれた襖、見事な木目の壁、きれいな畳、白いふかふかの布団、木の板張りの天井。
そして、着物を着た自分。
現時点で感じた違和感が2つ。
1つはこの部屋に電化製品が一つも無いこと。
最低限在るであろう照明電気も、プラグをさすコンセントも、ない。
1つは、制服を着ていない自分。
質素な、時代劇で見るようなあの白い着物を着ている。
着替えた記憶なんてない。
つまりは誰かが着替えさせた、としか考えようがない。
いったい誰が―――


「あ、起きたみたいだね」
「!」
「そんなに身構えないでよ、今は何もしないから。ね?」
「………」


今はと言ったかこの男。というより、いつの間にそこに立ったのか。

危険だ。と本能が訴えた。
視覚も危険と訴えた。
軍隊のような迷彩柄を身に纏い、オレンジ色の髪の毛。
まるで毒蜘蛛のような、危険な色彩。
警戒心が、刺激される。
男が立つ正面を睨むように、見た。

「困ったな」なんて心にもないであろう調子で、オレンジ色はアハーと笑った。
若干、いや、大分その男が恐ろしく感じた。


「いくつか質問させてもらうよ」
「………」

有無を言わせようとしないその口調に、思わず頷いた
布団をキュッと握った


「名前は?」
「…苗字、名前です」
「!へぇー。名字持ちなんだ」
「?当たり前じゃないですか」
「アハー、当たり前かあ」
「…(何だろうか、凄く馬鹿にされている気がする)」

眉間にシワが軽く寄った。

「次、名前ちゃんの年はいくつ?」
「17。もうすぐ18です」
「もうすぐ?年はまだ明けないよ?明けたばっかりだし。」
「え、」
「次、どこから来たの?」
「東京から。」
「東京?どこ、そこ。」
「へ?いや、だから東京都ですって。」
「は?まぁいいや、次。何の目的でこの甲斐に来たの?」
男の目が鋭く光った。

「甲斐?」
「とぼけないでよ、甲斐を知らないなんて」
「どこですか?」
「…次、ここ甲斐の大将の名前は?」
「知りません。」
「うっそ。名前ちゃん、武田信玄公って聞いたことない?」
「武田、しん、げん…?」


思い当たる節があった。いつぞやの大河ドラマでやっていた、あの武田信玄。
戦国乱世の武将だ。
まさか、
背筋を気持ち悪いものが走る。


「…質問、いいですか?」
「答えられるものならね!」
「織田信長っていますよね?」
「ん?魔王の旦那しってるの?」
「!じゃあ、伊達政宗は?」
「独眼龍の旦那でしょ」
「…上杉、謙信」
「いるね」
「長宗我部 元親、毛利 元就、明智 光秀、島津――――」
「……質問は終わり。
本題、名前ちゃん、何者?」


この男が発する威圧感が先程よりも、強く、なる。
顔はアハーと笑うが、目がギラギラしていた。
味わったことのない感覚。
きっとこれが殺気というやつなのだろうと、片隅で考えた。
肌が粟立つ。呼吸が深く、なる。
唾が粘性を増し、鼓動が速くなる。
瞳孔が開く。
体内ではアドレナリンが大量分泌されているのだろう。

この男は、危険、だ。


「名前ちゃんが着てたあの服、変わった作りしてるよね。
生地も知らないものだったし、あの変わった風呂敷には見たことのないからくりの箱。
紙にありえないくらい綺麗に文字が書かれていたり、小さい槍のような筆。
少なくとも全部、この国には在りはしないものだったよ。」

男が話す度に、威圧感が増す。
片手を上げる。
男が構えた。
片手を、己の頬へ思い切り叩きつける!
男は目を見開いた。

この男は、危険、だ。
しかし、この男の目を見据えなくてはいけない。
目をそらしたら、負けだ。
遊びなんかではない、本当のにらめっこ。
震える体を叱咤して、
震えそうになる声を叱咤して、
逃げてしまいそうな、折れてしまいそうなこの心を叱咤して、


「私はこの時間に居るべき者ではありません。
私はこの時間の人じゃない」

告げた。






きみと、ぶひと。




(ただただ恐ろしい。)
(逃げ出したら、殺される)



*20090125


- 2 -


[*前] | [次#]
ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -