01
今日もまぁわりかしよく晴れてるんじゃないかな、て言う天気。
学生鞄ひとつを肩に掛けて只今登校中。
歩調はまぁ、速くもなく遅くもなく時速2、3キロぐらい。
今の季節は春。
桜が咲くのにはまだ少し早い。
ただとある人種が活発になる、そんな季節。
ああ、寒い。
春とはいえ、まだ寒い日が続いていて首に巻かれたマフラーと、学校指定の安っぽい外套じゃあこの寒さはのりきれないよ。きっと。
でも、のりきるしかないんだよなー。
うん、頑張れ私。
視線も気分も無理やり上に向ける。
あぁ、空が青い。
ふと、ぐにっとした何かを踏んだ。
一瞬思考が停止。
いったい何を踏んだんだろう、私。
もしかして……!
踏んでいたら嫌なものを即座にいくつか頭に浮かべた。
結構厚みがあるからう●こではないだろうけど、まさか酔っ払いとか死体だったら…!なんとまぁ恐ろしい。
若干上を向きすぎた視界を慌てて下げて足をどける。
あんら…?
ト●ロだろうか、これ。
しゃがんでよく観察する。
人の頭サイズなそれ。
お腹に風林火山って刺繍してあるし、ちょび髭っぽいものをかたどったフェルトがご丁寧にちょこんと乗っていたりするけど形状はやっぱりト●ロだ。
「かわいい、かも」
私はとりあえず拾い上げて、パタパタと気休め程度に叩いた。
誰かの落とし物だろうか。
近くにゴミ捨て場はないし。
うむ、と考えてから立ち上がる。
とりあえず警察に持って行こうかな。
ト●ロを片腕に抱えて、一歩、足を踏み出す。
「あの、それは、そ、某のものでござるっ!」
「え、」
それから後ろから声がして、振り返った。
あ ら ま あ 美 形!!
「って事があったのよ佐助!きっとあの人は運命の人だわっ!」
「明るめな茶色いウルフヘッドでぬいぐるみを抱えてた長身の美形の男ね。
それ、ユーちゃんじゃん」
「ユーちゃん?」
「そ。知らない?
最近このへんで有名な変態さん。掲示板にも貼ってあるよ。
若い女の子、ちょうど名前くらいの年の子ばかりねらってるみたい。ちなみに俺様は範囲外。なんたって男の子!」
「なんてこった!」
思えば、昔から私はいわゆる変態、というものに好かれて、変態にあふれていた。
保育園時代には見た目好青年なオカルトマニア(血が特に好き)にいじられて、小学校時代には父と母の代わりに叔母(ガンマニア)のとこに預けられ、中学生時代はサディスティックな兄に鞭でしごかれたり。
理由はみんなして名前が可愛いから、つい!
なんてこった!
これだから変態は嫌いだ!
可愛いからですめば警察なんかいらないわよ!
いっそのことこの世から消え失せてしまえばいい!
「というわけで!私はここに変態撲滅宣言をしまっす!!」
「あー、はいはい。
放課後から日が暮れるまで、熱弁どうもありがとうございました!」
「うん」
「でも、まぁ。その変態さんが名前を弄るのもわかるかも」
「なんでよ!」
「だって名前ってば反応が面白いんだもん」
「佐助!」
「あはー。ま、なんかあったら俺様に言ってよ。
出来ることならなんでも聞いてあげるからさ」
「え…」
「俺様と名前は友達、でしょ?」
「さ、佐助…!いや、でも大丈夫よ!今度変態さんが来ようものなら、女捨ててでもぎゃふんと一泡ふかせてやるわよ!」
「あ、ユーちゃん。って名前はやっ!」
無我夢中で風を切る勢いで走る。
体力に限界?そんなもの今は関係ないわよっ!
変態なんて会いたくもない…!
「あはー、可愛いなぁ。さてと!」
佐助が後ろで笑った。
「もー、いきなり走り出してどうしたのさー。」
「うぁ!?(佐助はやっ)なんかいきなりトイレに行きたくなっちゃって―――ッ!!」
「ふーん。」
*
「で。結局、2キロ離れた公園の公衆トイレまで来ちゃったわけ。」
「…ここが、ハッ、よかった、のよ…!」
「ふーん。」
手洗いの場所に手をついて息を整える。
背後から佐助の声がして違和感を覚えた。
「ていうか、何普通に女子トイレに入ってきてるのよ、佐助。」
「あはー☆」
「あはーじゃなくて、」
「ま、暗いし人気がないから平気でしょ?」
「私はね。佐助は知らん。あー、もう!
…ぶぃっくしゅんッ!寒っ。」
「あぁ確かに寒いねー。」
「風邪引きそうなぐらい寒」
「それなら、さ」
突然、ふわっと背中と首筋に温もりを感じて、寒いと言いかけて最後まで言えなかった。
「それなら、俺様が暖めてアゲル。」
「さ、佐助…?」
ゆっくり、振り返る。
薄暗い電球に後ろから照らされた佐助はいつものように飄々と笑った顔のままだった。
「俺様さ、入学してからずっと名前に目ぇつけてたんだよね。」
「な、何の冗談?」
佐助の腕の拘束はいつの間にか解けていた。
一歩下がる。
「こう、強がってるところとかがさ、ツボにハマって、」
「や、めてよ!たち悪いわよッ!
それかアンタ熱でもあるんじゃないの!?」
また一歩下がる。
「いやだなぁ、流石の猿飛佐助でもここは本気だよ。冗談なんかじゃない」
信じられない。
信じたくない。
私は一歩、下がる。
それから、壁に背中がぶつかった。
佐助が一歩、近づく。
「いやっ!!触んないで!近寄らないでよ変態!!アンタなんて大っきら」
叫ぶ!けれど、最後の言葉に被せるように静かに佐助は言う。
「ねぇ、名前。俺さ、名前には優しくしてあげたいんだよね」
また一歩、近づいた佐助は鋭く光るバタフライナイフを手にして飄々と、笑った。
*
「………っ、!」
「うわぁ…、綺麗なピンク色。くすんでないし、やっぱり名前って処女だったんだ」
私を個室の洋式に座らせて、佐助は私の足の間にしゃがんでいる。
さっきから楽しそうに声をあげて、頬を赤らめて興奮した状態で言った。
「…グス…ッ……〜、ッ!」
「名前ってば可愛い……!」
「……ッ…」
「ねぇ、これ入れていい?刃は出さないからさー。あはー、それとも俺様のがいい?」
「!?ひぃ…ッ、ぃ…やっ…!」
恐怖、それしか今はない。
歯がガチガチと鳴る。
「んー、いい脅えっぷり!かわいッ!」
今は耐えるしかないこの状況が嫌になって、こぼれた。
「なん、で、私なのよ…!」
「名前…」
「なん、で!私ばかり、が……!」
佐助が、口を開いた。
「…それはね、名前がそうやって自分だけって思ってるからだよ。
だから、誰もいないし誰も来ない」
「……ッ」
諭すように、低く言ったそれは、今の私にとても痛かった。
反論なんて、出来なかった。
「…今日は、見逃してあげる。
かわりに家帰ってヌクから服全部ちょーだい☆」
「は?」
*
「アハー、またね!」
「待てこらー!変態ぃ―!」
制服も下着もコートもマフラーまで佐助は抱えて走り出した。
私は急いで、トイレから出る。
因みに今の状態はほぼ全裸だ。追いかけられはしない。
くそ、佐助め…!
ふと後ろに気配を感じて振り返る。
姿を確認するよりも早く、目があった。
それから急いで視線を逸らして武器を探した。
そこにいたのは、ぬいぐるみを抱えた長身の美形。
つまりユーちゃんだった。
彼はこちらにゆっくりと、私との間の距離を縮めていた。
本能的に危険を感じて足元に落ちていた割れたビール瓶を手に取って威嚇する。
「近寄らないで!」
「あの、そそそその」
それでもユーちゃんは近づいてくる。
ユーちゃんが右手をすっと軽くあげる。
「動かないでよ!」
まるで聞こえないみたいに彼はまた一歩、近づいてくる。
だから―――――
「ぃやああぁぁああッ!!」
ビール瓶をユーちゃんに向かって刺す。
手に気持ち悪い感触が伝わった。
はじめまして、変態さん。
(せ、正当防衛なんだからね!!)
*20090321
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