13




ふう、と一息ついて畳に倒れた。
直角折り曲げた膝の上には下敷きとルーズリーフ。それを中心にぶちまけた鞄の中の主成分であった参考書と文字でいっぱいにしたルーズリーフが広がっていた。
息抜きがてら私の耳にイヤホンかかったイヤホンからは、小さく音楽が流れている。

「みつからない…」

帰る方法も、この時代の人の名前も。
英語や科学や生物の参考書にかかれていた有名な人名もその人が発見したことや図までも薄ぼんやりと書いてあった形跡を残すのみで、殆ど消えていた。
私の手元には手がかりがない。
なんてことだ。と本日何回目かになるかわからないため息をついた。

寝ころぶことで必然的に見上げた天井はオレンジ色に染まっている。
時は夕暮れ。
離れのこの場所には全くと言っていいほど人が来なかった。
それが今は救いだ。
やりばのない感情からか、視界がゆらりと霞んで見える。
ちくしょー、と苦い気持ちを少しだけ口に出した。
どうしようにもないなんて思いたくなくて緩みそうな涙腺を抑えるみたいに目を瞑って、だらりと腕を投げ出してふて寝をする体制に入る。
ああ、この間にも置いて行かれてるかもしれない。
けど何も私にはこの状況を打破する手だてはまだなにもない。嫌になりそうだ。

「…ッ」

熱いものが目尻から流れる。
正直怖い。怖くてたまらない。
でも弱みこれ以上を見せたら、また心配されてしまう。


名前殿、



いつぞやの心配そうに名前を呼ぶ声が頭に流れた。
いけない。
気張れ、自分。
ころりと寝返りを打って額を強く床に押し付ける。

ふと、人が滅多に通ることのないここに僅かな振動を感じた。それは、とたとた、いや、ととと、かな?歩調を変えながら近づいてくる。

とん、と振動が止んだ。

だれ、だろうか。
MP3の電源を切って体を起こしたところで、名前殿、と声がした。



「名前殿、おられるか?」
「幸村さん…?」
「!開けてもよろしいでござるか?」

広がったままの参考書、ルーズリーフに音楽再生機器が目に入った。鞄の中はぶちまけられているし、おまけに涙が少しちょちょぎれている。
とてもではないがこんな姿を見せられるわけがない。
考えた瞬間、思わず息が止まった。


「え、あの、少々おまちください!」
「わかりもうした。」


慌てて袖の裾を目に数秒押し付ける。それだけで済んだのは、驚いて涙が引っ込んだおかげだ。突然の訪問ありがとう、幸村さん。その感謝の言葉が当然声に出してない訳なので彼に聞こえるはずがない。
まあいきなり感謝を言われればひたすら何故、と疑問詞が彼の頭に浮かぶだろうし、涙を引っ込めてくれた=泣いてました、なんて言いたくない、知られたくないのが主な理由。

急いで参考書やルーズリーフをかき集める。が、手元が狂って一回バサバサーッと落ちた。内心、わあわあ騒ぎながら再び拾い集める。(あ、ルーズリーフ折れた!けどいいや、気にしない!)
人を待たせている以上テトリスのようにみっちりと鞄に元通りに詰める余裕もないので積み重ね、部屋の隅によせて、ざっと見回す。よし、多分綺麗。


「どうぞー」
「し、失礼させていただくでござる」


ギクシャク、と固い動きで部屋に入ってくる。それを目で追いつつ、全身を観察する。
袴姿に赤い長鉢巻、鍛錬か何かのあとだったのかな。手には、昨日もみたようなおそらく甘味が入った箱。また、付き合ってくれるのだろうか。
ゆるりと口が弧を描くどころか吹いてしまいそうになる。それをどうにか抑えて、すこしにやけるに留めた。頑張ったよ、自分。
とかなんとか一人ひっそり我慢をしている間に、彼は静かに私の前にだいぶ距離を空けて座り、箱をこれまた静かに横に置いた。
定規を入れているのではないかと思うほどピンと伸びた背筋に、座るまでの綺麗な動作、膝の上の私とは複数の意味で違う綺麗な手。
一瞬、誰。と疑うほどに、静かで落ち着いた動作に目を奪われた。
昨日までに受けた印象とは違う、幸村さん。
顔がとか、スタイルがとかではなくて、理由を垂れる必要のない、素直に格好いい人だなぁと思えた。

外で鳥がちゅん、と鳴く。

そこでやっと幸村さんの視線がせわしなく泳いでいるのに気がついて、しまった!じろじろ見過ぎた、と反省。


「こんにちは、幸村さん。鍛錬お疲れ様でした。今日はいかがなさいましたか?」
「!いや、あの、またお、お館様からその、甘味を名前殿へ渡すようにと…!」


なにやら必死な様子て脇に置かれていた箱を、すっと差し出された。


「それは、わざわざありがとうございます。」
「どうってことはないでござるよ!」


作法などあまり知らないため、おそるおそるそろそろと箱を持ち上げてみると、またも結構な重量がある。
視線を彼に移す。
せわしなく視線が泳ぎ、膝上ではぎゅっと拳が握られていた。

「幸村さん。」
「な、なんでござろうかッ!!」

なんだろうか、これ。
デジャブというかなんというか。とにかく見たことあるぞ、人以外の行動で。
あの子のキラキラと輝く視線は、きっと期待をしていることを表していた。あの子の大きな返事は期待に対するための気合いを入れていた。
あの子とかぶって見えたと言うことは、きっと間違いない。


「よろしければまた、付き合っていただけませんか」
「!!喜んでお受けするでござる!」


ですよね。甘いもの好きですから。
待ってました!と元気に答えた幸村さんに内心爆笑しながら、いそいそと箱を開ける。箱の中には昨日に劣らぬ量の甘味が予想通り敷き詰められていた。(ちなみに表現に誤差はない。本当にぴっちり敷き詰められている。)
種類は昨日と多少違っているあたり、気を使われているようで嬉しい反面申し訳なく思ったり。

「ありがとうございます。それにしても、またこんなにいただいては悪い気もしますね。」
「大丈夫でござる!」
「そうですか…?」

幸村さんは首を痛めないかと思うくらいそれはもうぶんぶんと首を縦に振る。

「そうですか。ではありがたく頂戴しますね。」
「そうしてくだされ!」

そのままにこやかにどうぞと促されたものだからとりあえず一番手前にあった饅頭に手を伸ばす。

「いただきます。」

一口、また一口。
口に甘さが広がっていく。滑らかな餡の控えめな、それでもしっかりとした餡特有の甘さが心地よい。
頭に突き抜けるような甘さが訪れないのに驚いた。

「………どうでござろうか」
「すごくおいしい、です。」
「良かったでござる!」

思わず目を細めてしまうくらいおいしい。
なんだかお菓子は毎日側にあって、昨日も食べたのに、久々にお菓子を口にしたような気分だ。とにかく幸せ、と表現できそうだ。
また一口口元に運ぶと幸村さんがにこにこ、ひたすら嬉しそうに笑った。
ひたすらにこやかだから、つい、視線を逸らす。これといって特にやましいことはしていないつもりなのだが、やましいことをした気分になるのだ。
なんだか気まずくなって、また一口食べる。

するとしん、と部屋が静まり返った。
一拍、二拍、三拍くらいして、空気を吸ったのが聞こえた。

「…名前殿。」
「、はい」
「名前殿は大丈夫でござる。」

にこって笑って幸村さんは言う。

「なにがですか。」
「大丈夫。」
「ですからなにが、」
「大丈夫、だから、どうか一人で悩まないでくだされ。
一人で泣かないでくだされ。」

驚いた。何故ってばれてないと思ったからで、さらに言えば泣いたのは数秒だし、彼の前で悩んだことはない。

「なんで」
「部屋に入る前に酷く動揺していたのと、隅に積んである本をみる限り調べていたのは伺える。それから、目元が擦ったように赤いからでござる。それに境遇を考えれば容易いこと。」

目から鱗、というか。失礼だが幸村さんがあまりに予想外の理由を言ったからだ。勘でござるー!って言うかと思ってたよ。

「…幸村さん、すごいなぁ」

鼻がツンとして、ほろり、涙がこぼれる。
幸村さんがまたにこ、と笑った、というか微笑んだ。

「名前殿、」
「…私ね。少し、いや、だいぶ。情緒不安定なんです、今。理由はまぁ、いろいろ、です。きっときりがないの。だから、幸村さん。迷惑だ、とはわかって、ます。でも、ちょっとだけ、ちょっとだけ、でいいです。背中貸して、ください」
「うむ!」

今は困ったようにしか笑えないから、俯いて、できるだけ顔を隠す。
それから食べかけのお饅頭もろとも箱をそっと横に置いて、後ろを向いてくれた幸村さんの背中に痺れた足を叱咤して駆け寄る。
広い、男の人の背中。
きゅ、と幸村さんの服を握って、額を背中に軽く押し付けた。暖かい。
途端にぼたぼた涙が出てきた。

「…わからないんです。いくら調べても、いくら悩んでも、わからないから、不安なんです。」
「何を知りたい?」

幸村さんがそっと、昨日みたいに迷子を諭すようにゆっくりきいた。
「それもわからないんです」
「じゃあ、決めなくてはいけぬ」
「なにを?」
きょとん、とした。
その間にもぼたぼた、涙がこぼれ落ちる。

「全部、でござる」
「なんで」
「わからぬから、決めるのでござる。明日の予定や、食べるもの、なりたいものも、気持ちも、自分のことは全部。」
「…………そっか。」

「名前殿なら、大丈夫」

ぽたり、涙が音を立てる。
それからぽろりと鱗も落ちた。



*



「背中、ありがとうございました。迷惑かけてごめんなさい」
「いや、某はなにも。」

饅頭を幸村さんの隣でまた食す。
一口かじるとすん、と鼻が鳴った。
あら、なんか違う。

「んー、これ昨日のとはまた違う餡の味がしますね。。」
「なに!名前殿はわかるのでござるか…!」
「まあ、少しは。これでもお菓子…甘味を少しばかり作ってましたし、よく食べてもいましたから。」

砂糖がちがうのかなー、と考えてまた一口。
それから二、三口で食べ終わったので、また箱に手を伸ばすと視線。
この場合幸村さんしかいないわけであるからして、隣に座る彼を見ると目が先ほどよりもキラキラしていた。いったいどこまで輝くのか知りたいところだ。そのうち目から光線がでるのではないか、いやないなー。


「……うぉぉお!!名前殿ぉ!!流石ぁ!」
「へ?あ、どうも…?」

あまりに突然すぎて素直に驚いた。
とっさに出たのがどうもって、しかも疑問か!
しかし幸村さんはそんな事を気にする人ではなかったらしく、きらっきらした目で口を開いた。

「わかって頂けて嬉しい限りでござる!確かに昨日は瀧屋のもので、今日は東乃屋のものなのだ!某はどちらも好きなのだが、饅頭は東乃屋の方が餡と皮の相性が凄く合っていておいしいのでござる!!もちろん瀧屋も団子がおいしいところで、団子加減が絶妙で御手洗団子は某凄く好きでござる!!」
「(うぉ、ぉ、)はい。」

話を聞きつつ、箱からもうひとつ饅頭をつかみ、口元に運ぶ。ぱくり。ああ、おいし。

「東乃屋は饅頭も美味なのだが、ぜんざいもなかなか美味で!」
「はい。」
「(…はっ!)…その!名前殿!!」
「はい?」
「あの、名前殿、よければ、そ、某とだな!!」
「ふぁい。んん、はい。」
「あ、あ東乃屋に…!!」
「はい。」
「ぜ、ぜんざいを食べ「あ、旦那いたー!!しかもまた甘味食べてるし!もう今日のぶんはもう食べたでしょっ!?」
「さ、佐助ッ…!」

天井から声が降ってきたので、上を見ると板がずれていてそこからひょっこり顔を出す佐助さんがいた。
何故天井から、あ、忍者だからだ。
一人納得をしているうちにそこからすとん、と綺麗に着地を決めて降りてきた。おー!拍手。

「あ。こんにちは、佐助さん。えっとお饅頭たべますか?」
「名前姫様、こんにちはー。いいのー?それじゃあ一つ、じゃなくてね?名前姫様もお夕飯前に食べちゃお腹入らなくなちゃうよ?」
「え、あ、もうそんな時間ですか?あ、でもお菓子お館様から頂いたのに、余らせて駄目にするのは…」
「お館様から?」
「はい。」
「へえ、ふーん、そっか。…まぁ今回お団子とか固くなるのないから大丈夫でしょ。ねぇ、だ・ん・な?」
「ぬぉ!」
「名前姫様、心配しなくても大丈夫だよ。」
「そうですか。(じゃあいいや)」
「あ、そうだ。旦那ちょーと聞きたいことがあるんだけどー?」
「はっ!!な、なんだ!」
「んー?やっぱりあとでいいや。たっぷり聞くから覚悟してね?」
「さ、佐助?」



きみと、決ボタン




(ねぇ、旦那?お菓子どこに隠してたの?つかなーんで名前姫様泣いてたの?もしかして泣かしたの?そうだったら大将にいっちゃおーかなー)
(そ、それは……!)


*20091129


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