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「名前殿は、」
「まだ寂しい、でごさるか?」

寂しいか、なんて。
なんて事を聞くんだろうか、この人は。
どくん、音が鳴った。
理由なんて、驚いたからってだけだ。

「いや、別に寂しいなんてことないですよ!」
「それはまことか?」

視線でまっすぐと射抜かれる。
瞬間、ぎりっと掴まれた手が痛い。
音が、鳴り止まない。
驚き終わっただろう、私。

「なんで。なんでその様に思ったですか?」

幸村さんを見ていられなくて視線を床に移す。
うるさく、どくん・どくん、鳴る。
落ちついてよ、お願いだから、さ。
幸村さんがうむ、と唸る。

「わからぬ」
「え」

きっぱり、とかまあそんな感じで言われましても。

「わからないって、そんな」
「わからぬのだ。
だが、某の目には、名前殿がふとした時に寂しそうに映る。
だから、」

徐々に彼の形がいい眉が下がる。
どくん、また心臓が跳ねる。
いや、そんなしょぼーんって顔されましても。
心配、してくれているのだろうか、これは。
いかん。

「それ、気のせいです、きっと。
私、実をいうと今日、はいろいろあったから疲れてたんです。
それが、寂しそうに見えたんじゃないですか?」

へらり、笑う。
彼を心配させないように。

「そう、でござったか?」
「はい、きっと。
心配させてしまいましたね。ごめんなさい。
寝たら、きっと大丈夫ですから!」

きょとん、とした顔に畳み込む勢いで繋ぎ、ぐっと空いた手で握り拳を彼に軽く掲げる。

「そう、でごさるか」
「はい、そうです!!」

途切れさせたら、きっと、――――
きっと、なんだ?

「うむ!」

にこり、幸村さんが笑った。
よかった。納得してくれたみたいだ。
ほっと、した。
それから、少し、靄が出来た。
理由なんて、理由なんて、、、わからない。


「あ、旦那もいたの?」
「佐助さん」

後ろから、佐助さんの声がした。

「旦那、寝床の準備出来たから起きたんだったら自分でそこ行って。
ここの隣の間だよ。」
「うむ、ご苦労であったな佐助!」
「それから、名前姫様ー。そろそろ中は入らないと風邪引いちゃうよ」
「あ、はい!すみません今行きます」
「で。」

佐助さんがにやにやと笑う。
なんだか若干楽しそうだ。

「いつまで手ぇ繋いでるの?」
「あ、そういえば」
「旦那ってば破廉恥じゃないの?それ」
「?なにが破廉恥なのだ佐助」
「へ?旦那?」
「名前殿が寂しくないようにしているだけであろう」
「ゆ、幸村さん?」
「だから離さぬ」

緩んでいた手がまたきゅっと握られた。
つか寂しくないようにって。
さっき疲れてたって言ったの納得してくれたじゃないか。

「………もしかして旦那酔ってる?」
「酔っておらぬ」
「いや、顔赤いし目も虚ろだし」
「酔っておらぬ」
「おまけに酒臭いし」
「酔っておらぬ」
「いや、酔ってるだろ。
ったく、早く名前姫様の手ぇ離して中に入れって。
名前姫様風邪引いちゃうから」
「なら名前殿も一緒に入ればいいであろう」
「もう!名前姫様が困ってるでしょ。離せって」
「嫌だ。」
「なんで」
「名前殿が、」

私?
「俺に置いて行かれるのは寂しいと申したのだ」
「!?」
「は!?ちょ、名前姫様そんなこと言ったの!?」

「いや、言って……………あ。」

「幸村さんに置いて行かれると思ったんです」
「独り、は寂しいです」



「……」
「言ったのね。」
「……その、似たようなことは」

だけど幸村さんに置いて行かれるのが寂しいとは言っていない。はず。

「…はぁ。もういいから、中は入って。」
「………ごめんなさい」


*



幸村さんに手を握られたまま部屋に戻る。
酒臭い。が散らばっていた酒瓶が片づけられていた。
ふとお館様がいないことに気づいて聞けば、寝床まで運んだそうで。
お疲れ様です。

「んじゃ、旦那はこっちね」

廊下に出て、提灯を持った佐助さんが言った。

「名前殿は…?」
「へ?」

思わず幸村さんを見た。
あ、眠そう。

「別に決まってんでしょ」
「寂しいのでは…?」

ポツリ、ポツリと話すから、眠そうでなければ幸村さんではないのではないかと疑う。
うぉー!って叫んでるイメージが完璧についていた。
つか幸村さんでは私をうさぎかなにかに?

「いや、それはない。」
「名前殿…」

「あー、もう!」

佐助さんがしがしと頭を掻いて、ボソッと仕方ないよね!と言った。

「恨むなよ、旦那」

静かに言ったと思ったら、とんっ!と目にも留まらぬスピードで手刀を落とした。

「ぅ!」
「幸村さんっ!?」
「よっと!大丈夫だよ、気を失っただけだから。
それよりほら、手ぇ外して」
「あ、はい」

佐助さんに担がれだらん、力が抜けている幸村さんの手を掴む。

「んしょ…………あれ?」
「名前姫様?」
「せい!…あれ?
おりゃ!……あれ?
えぃ!………あれぇ?」
「なにやってるの?」
「佐ー助さーん」
「はぁい?」
「(ノリいいな!)幸村さんの手が外れません」
「はぁ!?」
「ひぃっ」

佐助さんは幸村さんを慌てて床に置いて、貸して、と幸村さんの手を持った。
指の一本いっぽんを外しに掛かる。
それから、数分後。
「手首でも切り落とせたら楽なのに」と佐助さんが言ったのを聞いてしまった。怖いよ!


「困ったな。俺様でさえ外せないなんて。
名前姫様、どうしましょうか」
「どうしましょうか、て。どうしましょうとしか…」
「お館様に頼もうにももう寝ちゃってるし…。」

はぁ、と彼はため息をついた。
お疲れ様です。

「仕方ない。名前姫様我慢して寝てください。」
「は…?」
「流石にひとつの布団で寝ろとはいわないからさ」
「ん?」
「旦那と一緒に寝てください」
「…あの、佐助さん」
「ん?」
「だったら佐助さんも一緒に寝ませんか!?」
「俺様忍びだから、無理」
「ですよね、ごめんなさい」


*


佐助さんに案内されて部屋に入ると、布団が2つ並んでいた。
そのうちの一つに、幸村さんが横たえられた。
必然的に私も布団に入る。冷たい。
それを見てから佐助さんがたまに見に来てあげるから、と姿を消した。


「……………」


静かだ。
聞こえるのは、隣から聞こえる規則正しい寝息だけ。
上半身をこっそり起こして、横を見た。
静かに眠る幸村さんの整った寝顔が見えて、さっきのやりとりが浮かぶ。


「名前殿は、」
「まだ寂しい、でごさるか?」



そう問いかけた幸村さんは、私が寂しがっていると断定していた。
証拠にまだ片手が彼と繋がっている。
寂しいか、なんて。

「…わからないや」

呟いて膝に顔を埋める。
あのとき。
途切れさせたら出てきてしまったのは多分、本音。
だけど、その本音が何だったか、できた靄が何かを私は思い出せない。


繋がれた手が熱かった。
遠くのほうで、鳥が鳴いていた。




きみと、く声




(一日がとても長かった気がする)
(ときどき感じたあの違和感は…?)
(あ、眠い)

*20090326




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