09




あれから数分、
ぼんやりとした提灯の光を頼りに冷えた静かで暗い廊下を歩いて、人の声がする襖の前で佐助さんが止まった。

着いた、らしい。

「名前姫様を、お連れしました」
「入れ」

中からお館様の厳粛な声。
佐助さんが静かに襖開ける。

ゆっくり、見え始めた室内は月明かりで照らされた、明るいとは言えない。
けれど、室内の広さやそこにいる人を見るには十分だった。

とても、広い部屋。
そこに、お館様と幸村さん。
ただ、2人だけ。

「おぉ、待っておったぞ!こっちに来るといい」

杯を手にしたお館様がにこり、笑う。
手を来い来い、と数回揺らす。

「あ、はい。失礼します」

部屋に入る。
なるべく音を立てないように、そろり、ゆっくり歩いて、お館様の隣に腰掛けた。
1人分位の間を空けて。それをみたお館様が、少し困ったような笑顔を見せた。
なんだか、いけないことをした気になって、もう少し近づくと、頭に大きな、お館様の手が乗った。

「よく、似合っておる」

それからわしゃわしゃ、少し乱暴に撫でられた。
着物のことだろうか。
照れくさくて、笑ってごまかして、軽く俯く。
それから、さらにわしゃわしゃ撫でられた。
頭が揺れる。
髪は特にいじられてなくてよかった。


「さて、名前も来たことだし宴を始めよう!」


それから。
お館様に結構な量の御膳とお酒を進められて、とりあえず御膳だけをいただいておいた。
お酒は未成年者、えーと二十歳未満は禁止されているんです、というと少し寂しそうにそうか、と言った。
寂しそう、なんて。
少し、予想外だ。正直驚いた。
お館様がちび、と杯の酒を飲む。

「あの、」
「なんじゃ?」
「やっぱり、お酒、少し、飲んでもいい、ですか…?」

きょとん、とした顔で禁止されとるんじゃなかったのか・と言われて、いいんです!と返した。

「今、このときは、あなたの娘、として、迎えられているから、、、」

なんとなく恥ずかしくなってだからその、と言葉に詰まる。
苦し紛れに視線を下に向けてもう一度、だからいいんです!と繰り返した。
沈黙が走る。
それから、気まずくなってちらっと上もとい、お館様の顔を覗く。
にっこり、とお館様はわらっていた。
大きな手がまた頭の上に乗ったかと思ったら、
「名前!!」
「うわぁ!!?」思いっきり抱きしめられた!(あわわわ)

体の節々がギシギシ言って、お館様痛いですよ!と訴える。(くおぉぉ…!)
1拍2拍おいて拘束が少し緩む。
ほっとするのもつかの間で、「某、感動したでござるっ!お館さばああぁあ」と馬鹿でかい声が響いた。きーん。
がはは!とお館様は豪快に耳元で笑う。きーん。
耳が逝きそうだ。

「名前姫様大丈夫?」かろうじて佐助さんの声を拾って、唯一動く手首を動かして無理だ、合図した。
くすくす笑う女中さんが目に入った。

「大将ー、お酒はー?」

腕をぱっと離される。
おっしゃ、自由だ。
佐助さんに軽く頭を下げた。

「そうじゃった!飲むぞ名前!」

両の拳を握り締めて楽しそうにお館様が言った。気合い十分って感じた。おしっ!

「はい!が、頑張ります!」
「では某もお供いたします、名前殿ぉぉぉ!!」
「旦那、夜だから声落とそうねー」
「さて!酒を追加じゃ!」
「はい」

楽しみじゃの!、とお館様は杯のお酒を一気に仰いだ。
そうですね、と返してなんだか楽しくて顔が緩んだ。
ふと、お館様の近くに座った幸村さんと目があった。
若干あわてた様子で視線をそらされる。
なんだなんだ、なんなんだ。

「名前殿!」

急に呼ばれて「はい、なんでしょう」と反射的に返した。

「…その、……」
「?」

小首を傾げる。

「!あの、だな!」
「はい」

もじもじ、言い表すならそんな感じ。
乙女?な幸村さんだ。

「…えーと………」
「なんですか?」
「あの!!」
「はい」

意を決したような馬鹿でかい声。
さっき佐助さんに声落とそうね、って言われてたのに。
幸村さんがもじもじしてるからなんとなく、緊張する。
なにを言われるのだろうか。
彼の視線は外されたままだ。


「お髪に糸くずが着いておられるのだ!!」
「はい?糸くず、ですか」
「うむ!」「それでも漢か幸村ああああ!!」(ばちこーん!)
「ぐぁあッ!!?」
「えぇ!?ちょ、お館様ぁッ!?」
「あーあ、」

頭の中で整理する。
幸村さんがうむ!と元気よく言った。
それから間髪入れずに私達の間にいたお館様の拳が飛んで。
この広い部屋の端から端まで、彼は吹っ飛んだ。
障子が2枚ほど、幸村さんを受け止めて破れる。
幸村さんはぐったり、していた。

と言うわけで。
即座に頭がはじき出した言葉は「ゆ、幸村さん無事ですか!?」だったり。

「なんのこれしき!」
「おー、さすが旦那!」

殴られた頬を押さえながらむくっと起き上がった。
佐助さんがケラケラ笑う。
ごめんなさい、幸村さん。一瞬、人間かどうか疑っちゃった。

「漢なら精進せい!幸村ぁ!」

お館様が吠える。

「お館さまあああ!」
「幸村あ!」
「お館さむあああ」
「幸村ああッ!」

あー、始まっちゃった。と考え耳を塞ぐ。
なんとか慣れが出てきたのがわかる。
よし、この調子だ。
丁度、女中さんが酒瓶を数本もって襖を開ける。
それからあらまあ、とくすくす笑う。
あらまあ、で済むのだろうかこの惨状。

何はともあれ、お酒が来たわけで。
腹を括れ、わたし!
女中さんが杯にお酒を注いで、どうぞ。と進める。
いただきます。と一気に飲み干す。
おぉ、と声があがった。
喉が焼けるような錯覚に陥る、が我慢だ。

「……ごちそうさまでした!」
「うむ!儂の娘ながらあっぱれじゃ!」
「はい」
「名前殿ぉ!あの飲みっぷり、お見事でござった!」
「ありがと、ございます」
「あらま、名前姫様大丈夫ですか?」
「だ、じょぶです。けほっ」
「はい、お水」
「ありがとう、ございます」
「どう致しまして!」


さあ、今宵は飲み明かそうぞ!とお館様が声を張り上げた。
夜中、なのに声をまったく落とさないなー。とか、きーん。と鳴り止まない耳なりとか、酔って暑いと訴える体とか。
わけもわからずに楽しくて、あはは、笑った。
それから、沢山、飲んで――――

「名前姫様、名前姫様」
「はい?」

気づいたら私と佐助さんだけが起きていた。
女中さんはいなくなっていて、横でお館様と、幸村さんが、幸せそうに寝ている。

「あれ、お館様?幸村さん?」

見れば酒瓶が結構な数転がっている。
いつの間にこんなに消費されたのか。謎だったり。
むしろ、こんなに飲んだっけか。首を傾げる。
私の顔を覗き込む佐助さんが、へらりと笑った。

「今日はもうお開きしない?」
「あー、そうですね」

夜も遅いですし、と付け足して立ち上がる。
もう寝る?と佐助さんが聞く。

「いえ、少し風に当たってからにします」
「そう?じゃあ、寝るときに俺様のこと呼んでね。寝室まで案内するから」
「はい、」
「じゃあ、俺様旦那と大将寝かせるのに布団隣で用意してるから」

なんかあったら呼んで、と言った。
はい、と返事をして縁側に出る。

ひんやり、冷たい空気に触れる。
空を見れば月が天辺まで登っていた。
それから控えめだけれど、今までみたことのないくらい沢山の星光っていて、綺麗だと思った。
虫の声も、鳥の声も聞こえない。
静かな夜。
これが本来の夜というものなんだろうな。とか考えて。
また何かが、引っかかった。
しん、と音がする。
視線を下に向けて、考えた。
雪がキラキラ光っている。
虚ろに、手を伸ばして雪をいくらか掬ってみる。
冷たい、と感じた。
それから、また月を見上げた。
下弦の、三日月だった。

「名前殿、」
「!…幸村さん」

数歩後ろに幸村さんが立っていた。顔が赤い。
起きたんですか?と声をかけた。
うむ、と虚ろに返事を返される。

「なにを、しておられる」
「月を見てました。あと星も」
「そうでごさるか」
「私がいたところよりもとても綺麗だったから、」

見惚れていたんです、と付け足してまた月をみた。
きしり、床が鳴る音がする。
幸村さんが隣に並んでいた。


「某は、」
「はい?」
「名前殿が帰ってしまうのではないかと」
「え」
「あまりに寂しそうに月を見上げていたので」
「そんな、かぐや姫じゃないんですから」

言った自分でも照れくさくなって笑った。

「それでも、名前は寂しそうにしておられた」

幸村さんを見ると、真剣にまっすぐ私をみていた。
二の句が言葉が出てこない。

「名前殿は自分の国の話のあとは、寂しそうであった」
「歓迎会の話の時も、酒の席の時も、」
「虚ろに、どこかを見つめておられた。」
「さっきも、どこか遠くを見つめていたでごさる。」

手を、きゅっと握られる。
握られた手はとても熱かった。

「ゆ、きむら――」
「名前殿は、」

言葉が句切られる。
瞬間。
次の言葉が来るのが怖くなって、耳を塞ぎたい気に駆られた。
なのに手は熱くて大きな手に掴まれてそれは叶わなかった。
そして無情にも幸村さんが言葉を紡いた。

「まだ寂しい、でござるか?」




きみと、しそうな月。



(寂しいか、なんて…!)
(この距離でも…?)


*20090322

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