07




あの後、お館様に力いっぱいハグされながら、一通り泣いた。
今日は泣きすぎたと少し、恥ずかしく思う。

私は今、与えられた東の離れの部屋の縁側にいる。
冷えた風が泣いて火照った頬を気持ちよく撫でる。
景色がやけに、きれいに見えた。
雪が夕焼けの色に赤く色づいてキラキラ光る。
気付いた呼吸が楽になっていた。

私は、今日から武田の姫になる。
けれど、私が姫だとは公表されないと聞いた。
いつでも帰ることの出来るように、縛り付けないようにとのお館様の心遣いだった。
ありがたかった。

顔を洗い、涙を流す。
それから、冷えた手拭いで目を全体的に冷やした。
視界が白く、覆われる。
烏が遠くの方でかあ、と鳴いた。
侘びしい静寂が訪れる。
しん、とした静寂。
それと、雪を撫でた冷たい風がさあ、と吹いた。

「………………」

私は、ただそれを聞いていた。
なにも感じなかった。
違和感。
素直に、あれ?と思える違和感。
なんだったけ。
思考を巡らせる。
と、不意に雪を踏む音を拾って、ゆっくり手拭いを外す。十数歩先に夕焼けの赤にとけ込むようにして、幸村さんらしき人が悩むようにうろうろ歩き回っていた。

「あれ…、ゆ、きむらさん…?」

ポツリと声を潜めて出した。
本当に、小さな声だった。
人違いだったら、恥ずかしいからだ。
それでも、十分に聞こえたらしく「っ!名前殿!」と肩を揺らして反応された。
正直、そこまでびびらんでもいいじゃないか、と言いたかったが、口は「どうなさいましたか?」とこちらを勢いよく向いた彼に無難な言葉を紡いでくれていた。


ぎゅっ、ぎゅっとゆっくりと雪を踏みしめながら、彼にしては穏やかで慎重な歩調で縁側まで来る。
その歩調が不思議だと少しだけ、考えた。
が、たまに雪に足を滑らせるような素振りを見せられて納得した。
転けたのか!
想像して少し口元が緩む。


「!…あ、あああの、だな!」
「?」
「その…!名前殿は、」
「はい、」
「甘いものは好きでござるかぁッ!!」


きーん。

律儀に耳鳴りがする。
耳よ。出来るならば、慣れてくれ。と無理難題をこっそり課した。
きっと慣れる日は来ないだろうが。
思うだけはタダだ。

というかやけに緊迫した面もちで聞くから、内容も真剣なものかと思ったのに。
いや、幸村さんからしたら、真剣なことなのかもしれない。
そう考えて、緩んだ顔を引き締めて幸村を見据える。
幸村さんの喉がゴクリと上下した。


「好きですよ、すごく」
「ッ!!」
「甘いものが」
「…よかったでござる…」


顔がよかったって言ってないですよ、幸村さん。
何はともあれ、「ならば、これを」と包みを出してくれたので、受け取る。

「これは、」

重みを感じるそれを開けると、中にはお団子やお饅頭が入っていた。
あからさまに1人分ではない量だった。

「うむ!お、お館様が名前殿へと申したので、僭越ながら某がお持ちいたしたのでござる!」


お館様は私の胃袋をブラックホールかなにかに?

「そうですか。それはお手数をおかけしました」
「これしきのこと、大丈夫でござるよ」
「はい、……」
「………」

会話が途切れた。
なんとなく、気まずい。
ふいとお互いの視線が逸れた。
私は手の中の甘味に目を移した。
あ、そうだ。
「…あの、」
「!」

視線が合う。

「よろしければ、これ、一緒に食べませんか?」

彼の目が輝いて見えた。

「いいんでござるか!?」

いいんですよー。と言おうとした。
がそれよりも早く幸村さんが口をあけた。

「い、いや!某は甘味など好いてはおらぬゆえ…!」

それから、はっとした様子で私から、手の中の甘味から目を逸らして、耐えるように拳を握った。
その様子を見て、はっはーん!
と直感的に理解した。
甘味、めっちゃ好きじゃん。この人。

「いえ、駄目でしたらいいんです。
ただせっかくお館様からいただいたものを食べずに腐らせるわけにはいかないので、消費するのを、お手伝い、いただけたらなぁ…と思っただけですから」

言葉は口からすらすら、と出てきた。まぁ、棒読みではあるが。
釣れるのか?

「それならば致し方ないな!お付き合いさせていただくでござる!!」

釣れた。
めっちゃキラキラしてるよ。この人。
これでいいのか、幸村さん。
何はともあれ、近くを通った女中さんにお菓子を渡し、盛って貰うついでにお茶をお願いする。
少々お待ちくださいませ、といそいそと退席する。
幸村さんが嬉しそうな顔をして、少し間を開けて隣に座る。
ちらっと横目で見ると待ち遠しいのか、そわそわと落ち着きなくしていた。

「ふふっ、かわいいなぁ…、」
「名前殿?」

口に漏れていたようで、怪訝な顔をされる。

「いえ、なんでもありません。
それより、お付き合いありがとうございます。幸村さん。
とても助かります」
「いや!気にすることはないでござるよ!!むしろ、いくらでも…!」

はっとした様子で口を噤む。

「別に、隠さなくてもいいと思いますよ。それ」
「!なにを、某は別に」
「好きなんですよね?甘いもの」

有無を言わせぬように、言葉を被せてにっこり笑う。
彼は俯く。それから、


「………しかし、男が甘いものが好きなど、軟弱だと思われる」

幸村さんは躊躇うように、ポツリと言った。

「そんなこと、ないと思いますよ」

ピクリと肩が動く。


「甘味が好きでもいいじゃないですか!

なんで、甘味が軟弱に繋がるんですか?
甘いものは女子や子供だけが食べるものなんですか?違いますよね。
私の時代には、男のスイーツ、あ、甘味のことです。がありましたし。
むしろ、人は甘味が、糖がないと生きることなんて出来ませんよ!
知ってますか?糖が頭を動かしてるんですよ!
グルコースって言うんですけど、これが脳に行き渡って人はものを考えているようなものなんですよ!
これが不足したら、お腹は減るし、頭は回らないし、身体だって力はいりませんしっ!
とにかく、甘味は悪いものでも軟弱なものでもありません!
むしろいいものなんですよ!」


幸村さんはぽっかーんとした顔をした。

しまった。言い過ぎたか。と考えた。
が、まだ言いたいことは言えていないので続ける。

「…好きなことを、言えないのは、出来ないのは、理解してもらえないのは、辛いです。嫌なんです。
だから、隠さなくてもいいと思いますよ。
言いたくないのであれば、それでもいいです。
ただ、言わせてくださいね?」

区切る。

「私、好きなものを好きだって言えるのも、一つの強さだと思います」
「、名前殿…!」

片手をぎゅっと握られ、隣を見ると感極まった顔をした幸村さんがいた。

「名前殿、聞いてくだされ」
「はい、喜んで」
「!…そ、某、実は、甘味が、大好物なのだ」
「はい」
「鍛錬も同じくらい好いておる」
「はい」
「それから、お館様や、佐助や、この躑躅ヶ崎館に使えるものも、真田隊のものも好きでござる」
「強きものと拳を交えることも、」
「月を見ながら酒を飲むことも、」
「好き、でござる。」

幸村さんは一つ一つを確認するみたいに、指折りながらゆっくりと言った。
私はそれら全てに耳を傾けて、頷いた。


城下町にある、小さな茶屋の御手洗団子が好き。
お館様との鍛錬が好き。
武田の赤が好き。
朝焼けを鍛錬しながら見るのが好き。
馬に乗り、風を感じるのが好き。

それから、それからと、幸村さんの「好き」は続いて、


「それから、………こうして名前殿と二人でお話する事も大好き、でござる!」
「あ、それはどうもありがとうございます」


好き、がとても多い人だと知った。

「仲良くお話中のところ悪いんだけど、お邪魔するよー」
「!?」

突然、幸村さんと私の間に団子とお饅頭が綺麗に盛られたお皿と、3つの湯呑みが乗せられた大きなお盆が現れた。
握られた手が離れる。

「あ、佐助さん。ありがとうございます」
「いやー、女中からこれらを運ぶの任されちゃって!」
「あー、それはそれは。お疲れ様でした。
あ、よろしかったら食べていきません?」
「いいの?俺様感激ー。なんてね!
悪いね、旦那(ボソッ)」
「な!?佐助!」

佐助さんが、軽く私の頭を撫でてから、幸村さんとは反対側に腰を下ろした。

「は、破廉恥でござる!佐助!」
「?あ、湯呑みもちょうど3つありますね」
「あはー、奇遇だね。」
「そうですね。
はい、佐助さん。湯呑み熱いので気をつけてくださいね!」
「ありがとー」
「幸村さんも、どうぞ」
「うむ!…ッ熱!」
「あー、いわんこっちゃない」
「大丈夫ですか?幸村さん」
「平気、でござる!」




きみと、きなもの。



(お団子おいしいですね)
(うむ!)
(お茶もおいしー)
(好き、でござる!)
(そうですか!よかったですね)
(旦那……!)


*20090203



- 7 -


[*前] | [次#]
ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -