DL NL/ALL | ナノ



「今日は節分、これから豆まきをします」

 晩餐会の前にリビングに集められたみんなの前で豆の入った枡と鬼のお面を持ったレイジがそう言う。

「セツブン……?なんだそれ」
「その鬼のお面ってなぁに?」
「豆よりも僕は甘いお菓子が食べたいです」
「ダッセ……なんだよその鬼のお面……レイジの趣味ってそんなだったか?」
「……はぁ、どうでもいい……」
「黙りなさい!これから説明を……穀潰し……どこへ行くつもりですか?」

 説明を始めようとするレイジに背を向けシュウはふらふらとどこかへ行こうとする。レイジは苛立ちを隠せない様子でおもむろに手に持ったその枡から豆を掴みシュウに投げつけた。

「……痛い」
「と、まあこのように鬼役に豆をぶつけ、邪気を払うのが節分の主な行事です」
「鬼に邪気ってむしろ俺達のがそれに近い存在だろ……」
「黙りなさい、節分を行えというのは父上からの命令です。それに従わないのなら……わかっていますね、シュウ?」
「めんどくさい……」

 心底めんどくさそうにあくびをするシュウとは対照的にアヤトが目を輝かせレイジに駆け寄る。

「スッゲーじゃあ鬼になら豆ぶつけまくって良いってことだよな?俺様にも豆よこせ!」
「待ちなさい!鬼役はくじ引きで決めます」
「くじ引き……?じゃあ僕が鬼になって豆をぶつけられるかもしれないってことですか?ふざけないでください、そんなの絶対嫌です。ねえテディ、君もそうだよね?」
「でもまあ憂さ晴らしにライトに豆ぶつけるのは楽しいかもしれないな」
「ねえスバルくん、なんでボクが鬼役することになってるのかなぁ?」
「うるせぇ変態、お前はこういうことされるの好きだろ」
「否定はしないけど相手がビッチちゃんじゃないなら気分はのらないし、ましてや兄弟相手なんてぜーんぜん燃えないよ」
「おい早くくじ引きしようぜ!まあ俺様は豆をぶつける側だろうけどな!」
「言われなくても分かっています、因みに鬼役は二人、くじにバツ印のある者が鬼役となります。不正をしていると言われるのは癪なので私は残った一枚を引きます。ここまでで何か質問は?……何もないようですね。ではこちらから一枚ずつ引いてください」

 レイジが折り畳まれた六枚の紙をテーブルに置く。そしてそれぞれがそのくじを手に取って開き、誰が鬼か探るように顔を見合わせる。

「よっしゃ!俺様のくじには何も書いてなかったぜ!」
「僕のもです……ふふ、鬼に思う存分豆を投げつけることができますね」
「俺のもなにも書いてない……じゃあ俺は寝ててもいいだろ……?」
「いいわけないでしょう?……そして私もくじにはなにもかかれていないようです、ということは……」

 一同の視線がライトとスバルに向けられる。

「……ボクたちが鬼役ってわけ?」
「はぁ!?ふざけんなよ!?鬼ならこの変態一人で十分だろ!」
「ダメです、前以て言ったように鬼役は二人、今年はライトとスバルということになります。ではこれを」

 二人はレイジが差し出した鬼の面を渋々受け取りそれを頭につける。カールハインツの命令でなければ逃げ出しているところだが、もしここで逃げ出せばあとから何が待っているか分からない。それなら少しの時間我慢した方がましだと身に染みてわかっていた。

「では残りの三人には此方の枡と豆を配ります、鬼に鬼は外、福は内といいながらこの豆をぶつけてください。尚あとからこちらの豆は拾いますのであまりあちこちに投げないように。ライトとスバルも逃げ回るのは結構ですがこのリビングからは出ないように」
「はーい……もう……ボクの格好いい顔にはぶつけないでよ?」
「それってフリだよな?」
「そんなわけないでしょ!もう……なんでこんな日に限ってビッチちゃんいないかな……ビッチちゃんに豆をぶつけてそれからビッチちゃんのま……いった!?」

 一人悦に入って震えるライトの顔面に豆がヒットする、ちょっと今の誰!?と投げられた方を見るとそれはシュウの枡を奪い取ったスバルから放たれたようだった。

「ねえちょっとこれルール違反じゃないの!?掛け声なかったしスバルくんも鬼だよね!?」
「は?んなもんしらねぇよ、兎に角鬼に豆ぶつければそれでいいんだろ?」

 にやりと笑いまた豆をその手に取りライトに投げつけようとスバルがにじり寄る。

「鬼は外!!」
「うわ!?」
「へへっ隙ありだぜ!」

 ライトの方にばかり気をとられていたスバルの背中にアヤトの投げた豆がヒットする、文句をつけようと振り返ったスバルにさらに豆を投げつけると反撃するようにスバルもアヤトに豆を投げつける。最早ルール無用の豆合戦と化し始めたことにレイジが頭をかかえる。

「だから嫌だったのです……絶対こうなるのは目に見えていましたから……」
「あははっ鬼は外!!鬼は外!!ほら、ライト、もっと逃げ惑ってくださいよ!」
「ねえもうちょっと手加減できないの!?すっごい痛いんだけど。ねえこんなんでほんとに邪気が払えるのレイジ?このままじゃボクが痛いだけで終わりそうなんだけど……ってスバルくんボクに豆を投げないでってば!スバルくんも投げられる側でしょ!?」
「あ?とりあえず鬼をいたぶればそれでいいんだろ?」
「趣旨が変わってるよスバルくん!」

 逃げ惑うライトと中を舞う無数の豆、全力で投げられるその豆の威力はかなり大きく豆が当たった家具に傷が刻まれていきそれがレイジの頭をさらに悩ませる。

「家具に傷をつけないでください!全く……貴方達に加減というものはないのですか!?」
「ふっ……そんなものがないからこんなことになってるんじゃないの」
「それなら長男たる貴方がどうにかしたらどうです?本来豆まきは長男や年長者が豆をまくものだそうですよ?まあ貴方にどうこうできるなどとは微塵も思いませんが」
「なら言うな、聞いてるのもダルい」
「……っ!」

 シュウに豆を投げつけたくなる衝動を抑え、豆合戦をしている弟たちの方に目を向ける。既に部屋は荒れに荒れ、豆がぶつかったことによってできた傷と逃げるときにぶっかって壊したであろう調度品の数々、修理費を考えただけで頭が痛くなる程だった。

「逃げてんじゃねぇ!」
「嫌だよ!スバルくんの豆すっごい痛いんだから!」
「ふふふ、よそ見をしていて良いんですか?」
「は?ってああ!カナト!お前何して!」
「飽きてきたのでこの豆全部あげます」

 ライトの方に気を取られていたスバルの背中にカナトの手によって豆が流し込まれる。スバルがその気持ち悪さに服を脱ぐとすぐさまその露出した肌にアヤトによって豆がぶつけられる。

「いって!お前なにすんだよ!」
「そんな格好してたらぶつけられるに決まってんだろ!」

 更に投げつけられスバルの我慢が限界に達したようで壁を思いっきり殴りふざけるな!と叫びアヤトを追い回し始める。更に広がっていく被害にレイジの堪忍袋の緒もまた限界へと達した。

「いい加減になさい!もう豆まきは終わりです!これ以上何かを破壊することは許しません!」
「レイジー止めるならもっと早く止めてよー」
「はぁ?つまんねぇまだまだやりたりねぇぜ!」
「これ以上壊すようでしたら父上に報告しますので悪しからず」

 その言葉にアヤトは渋々引き下がる。こうして混沌を極めた豆まきは家具と調度品へ多大な被害を出しその幕を閉じたのであった。



 それから部屋中にまかれた豆を拾い終えるまでにかなりの時間を要した。六人とそれぞれの使い魔を総動員しても広範囲にばらまかれ、隙間にまで入り込んだ豆をすべて拾うことは容易ではなく不平不満がそれぞれの口から出たが、後片付けもまたカールハインツから言い渡されたことだというレイジの言葉でしぶしぶながらもそれに従った。

「はあ……やっと拾い終わりましたね……ではこれから年の数よりひとつ多い分この豆を食べます」
「……正気か?」
「ええ正気です」
「レイジ、それがどういう意味かわかっているんですか……?僕たちの年の数分だなんて食べられるとでも思っているのですか?」
「分かっています、それでもそれも節分の行事のひとつというのであれば従うほかありません。文句を言わず食べなさい」
「うえーしかもこれなんの味もしねぇ……たこ焼き味の豆とかねぇのかよ……」
「僕は甘くないものは食べたくありません」
「これを年の数なんて苦行だよ……」

 不満を漏らしながら少しずつその豆を口に運んではいたが、それぞれの前に山のように積まれたその豆の量は尋常ではなく全て食べれる量には思えなかった。

「くだらない……俺は戻……んぐっ」

 席を立とうとしたシュウの肩をレイジが押さえ、無理矢理に席にまたつかせ、その口に無理矢理豆を押し込める。

「父上の命令ですよシュウ?さあ、食べなさい、まだまだ沢山ありますからね?」
「うわぁ……あれは完全に日頃の憂さ晴らしだよねぇ……」
「うぅ……っなんで僕がこんなことしなくちゃいけないんですか……こんな……こんな……っ」
「頼むからここでヒステリー起こすなよ?この山が崩れたらまたさっきみたいに拾う羽目に……」
「そんなことスバルに言われなくてもわかってますよ!!」
「おいスバル、ヒステリーをさらに刺激すんなよ……」
「チッ……」

 それぞれの口数はどんどん減っていき、無言で、無心で、目の前の山へと手を伸ばしそれを口に運ぶ。ライトがちらりとシュウの方を見ると口いっぱいに豆を押し込まれ頬をリスのように膨らませているのに尚も豆を押し込まれており、少しばかり同情した。
 
 それからどれぐらいの時間がたっただろうか。ただそれぞれの豆を咀嚼する音とため息とカナトのすすり泣く声しか聞こえないその空間は暗く淀んだ空気が流れ、もう誰一人として何かを発言する気力が残っているものはいなかった。
 と、その時柱時計が鳴り、時を告げる。それは12時になったことを告げる鐘であり、日付が変わったことを示していた。

「日付が変わった……」
「ってことはぁ……」
「もう節分も終わってこの豆を食べなくてもいいんですね……!」

 三つ子が顔を見合わせてにやりとすると立ち上がり全力で逃げ出す。それを見てスバルも同じように走りだしレイジが止める間もなく食堂から出ていってしまった。

「まったく……この数の豆を手配するのにどれだけ手間がかかったと思っているのですか……!それをこんなに残すだなんて」
「ゲホッ……まあ……当たり前だろうな……」

 口のなかに押し込められた豆をなんとか飲み込んでシュウがくすくすと笑う。

「だいたい年の数食べるなんて無茶な話だったんだ……それに人間としての年の数で充分だったろ……」
「それでは意味がありません。しっかりルールは守るべきです。……さて貴方は逃がしませんよ?」
「もう節分はおわ……ぐっ」
「そんなことは関係ありません、全て食べるまで解放しませんので覚悟してください」

 ここぞとばかりにシュウをいたぶるレイジの顔は輝いており、死にかけているシュウを見てスバルが慌てて止めるまで続いていたという……。
 そしてこれ以降二度と逆巻家で豆まきが開催されなかったことは言うまでもない。



prev / next

[ ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -