彼女が微笑むと星が生まれた。彼女の髪がたなびくと、生まれた星に反射して天の川が流れるようだった。王女はわたしの憧れだった。すれ違う人全てが振り返るような銀色の髪が羨ましかった。けれどもわたしは、彼女のようになりたいなどと思ったことはなかった。ただの一度も。わたしは。


「触れたかったの」


水面を泳ぐ彼女の髪は、あそこに見える青い星に生きる最も美しい金魚の尾鰭よりも綺麗。むしろ比べること時代が罪のような髪。わたしはその髪をそっと梳いた。


「何か言った?」

「……セレニティのお髪はとてもお美しいと、思いまして」


わたしの生まれは決して悪いものではなかった。舞踏会の真ん中を飾ることはなくとも、プリンセスセレニティの隣りを踊れるくらいの身分は充分にあった。そんなわたしがなりたがったのは、彼女の隣りを歩く貴婦人などではなく彼女の侍女だった。母はそんなわたしを叱った。父はそんなわたしをはしたないと言った。それでもわたしは彼女に仕えたかった。月のように、月よりも、きらめく笑顔を浮かべる彼女はわたしの憧れだった。そしてそんなわたしはついに母と父に見放され、クイーンセレニティに許しをこうて彼女の侍女となった。ずっと触れたかった人がここにいる。そう思えばわたしはいつでも幸せだった。

彼女の髪に銀の櫛を通す。綺麗な髪です。わたしがそう繰り返せば、彼女はくすぐったそうに笑ってありがとうと言った。どこまでも綺麗な人。汚れを知らない人。わたし、ずっとあなたのお傍にお仕えしていたいです。ふと言った言葉に彼女はきょとんとした顔をする。しまったと思うには少し遅い。不躾たことを願ったと謝ろうとしたわたしに、彼女はまた綺麗に笑う。やはりその笑顔は、地球に咲く向日葵という花よりも眩しかった。


「もちろん、歓迎よ。だってわたしも、あなたの髪が大好きなんだもの」

「わた、しの髪が…?」

「そうよ。あなたのその真っ黒な髪はね、ときどきわたしの髪を洗う水が飛んで濡れると綺麗に光るの」


わたしそれがね、前からすごく綺麗で大好きだったの。それにあなたが髪を洗ってくれると安心できていいわ。無邪気にそう言ったプリンセスセレニティに、わたしは全ての言葉をどこかに忘れてきてしまったような気がした。彼女はいつだって、こうして全てを包み込んでくれる。わたしはそれにやみつきで、あなたのお傍を望んだのだ。





迷宮となるのは藍色の砂漠、ホワイトチョコレイトの月がにたりと笑うのみでした




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -