この子の悲しみをずっとずっとずっと、1番近くで見ていた。


「慎、司くん…」


助けて。こぼすように唇から呟かれた言葉に、わたしの心は裂けるように痛んだ。わたしは、オサキ狐。この子に仕える使い魔。小さいときからずっと、この子が笑うのを、泣くのを、汚れるのを、見ていた。見ていただけのちっぽけな存在。


「美鶴。どうかしたのかい。泣いているのか」


暗くて冷たい闇が、そこにはあった。そこからゆらりと現れたのは、美鶴を惑わせる魔術師(マグス)。ドライ。本名は知らない。本当ならば美鶴の肌に、指一本ですらこんなやつが触れるのは、許せないのだけど。


「慎司くんが…あの人と、玉依姫と、行ってしまったんです…」


美鶴がそんな風に、悲しそうに言うから、わたしはそれを止められなかった。ドライが美鶴の手を優しくとる。多分本当は、美鶴もこの男が美鶴を助ける気がないことをわかってる。だけど美鶴は、その手を振り払ったりはしなかった。

堕ちるところまで堕ちることを、美鶴は仕方ないと決意したようだった。


「あいつらを、追いなさい」

「……でも」

「フェンフを、取り戻したいのであろう?」


ドライの言葉は魔法のようだ。魔術師は、美鶴みたいに言霊を使うのだろうか。そこまで考えて、わたしは思考を止めた。美鶴が小さく、はい、と答えたからだ。美鶴がそれをよしとするのなら、そこに言霊があるかどうかなど、もうどちらでも良かった。美鶴は言霊使いだ。本当にこれが嫌なら、嫌だとくらい答えることは出来る。


「玉依姫を、連れて来なさい」


ドライの言葉は深くて暗くて、相変わらず底が見えない。それでも変わらないで、美鶴がはいと繰り返すから、わたしも美鶴の影から抜け出して、鳴いた。わたしはここにいます。


「ニー」


あなたとともに、深淵までも。わたしの鳴き声に、美鶴は哀しそうに笑ってありがとうと言った。美鶴。わたしはどこまでもあなたの傍にいるよ。例えその先に光がなくとも。それを美鶴に伝えたくて、わたしはもう一度ニーと鳴いた。けれども今度はドライが怪しく笑っただけだった。不愉快だった。だけど美鶴が必死に笑うふりをして泣くから、そんなことはすぐにどうでも良くなってしまう。

永久にともに、参りましょう。それであなたの悲しみが少しでも和らぐのなら、わたしは悪魔にだって魂を売ります。さあ、奈落まで、一緒に歩いて行きましょう。美鶴。あなたがいれば、わたしはどこまでだって歩いて行ける。

わたしに出来るのは、それだけだから。



想う

*****

まさかの美鶴夢
多分わたしだけが楽しい
緋色1の慎司くんルートで、アリアたちと屋敷を抜け出す辺りの話です
ここから祐一先輩と拓磨と合流した玉依姫たちの前に美鶴が現れるとこになります

夢主はオサキ狐にしてみました
勝手におーちゃんの双子設定
とりあえずわたし美鶴ちゃん大好きです




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