あたしが世界で1番嫌いな男は、“自称”世界で1番人間のことを愛している男だ。…自称。そいつは日本の中の東京の中の池袋というところを生業に生きていて、残念なことに、本当に残念なことに、そこはあたしとが住んでいる町だ。池袋に住んでいる時間なら、そいつよりあたしの方が数倍長い。あたしは生まれたときから池袋に住んでいる。こんな気色が悪い男がこの町に引っ越してくるなんて生まれたときには知らなかった。知ってたら、こんな町に生まれてきたりしなかったのに。…なんて、できもしない悪態を時々、いや毎日くらいのペースでつく。だけど現実問題、あたしは池袋生まれ池袋育ちで、ここはあの男の生業でありあたしの領域だ。あたしは別にこの町に対してものすごい思い入れがあるわけでもなけれど、あいつのせいであたしがこの町を出ていくというのも何だかすごく気に入らない。だからあたしは、なぜか今日もあのくだらない変態男と同じ町に住んでいる。あんなやつはやく死ねばいいのに。そんなことを考えながら、足早に池袋の人波を縫って歩いていく。池袋にはあいつが大好きな、人、人、人間だらけ。人間好きのあいつが池袋に本拠地を構える理由はきっとこれなのだろう。気持ち悪い。
「やあ。今日もご機嫌ナナメだね」
虫酸が走る笑顔でそう口走りながらそいつは今日も現れた。はやく死ね。はやくこいつ死ねばいいのに、どっか行け。包み隠さずわたしはそいつに暴言を吐く。
「おーコワイなあ」
「どっちがよ」
「君以外いないと思うけど。他の選択肢って何?」
「死ねば」
鋭くどがったあたしの暴言にへらへら笑いながら「傷付くなー」なんて言うこの男が、本気で心を痛めているところをあたしは見たことがない。この男、臨也は多分生まれてこの方傷付いたことなんかないんだろう。
「俺のこと嫌い?」
「うん嫌い」
「あはは、ひどいな」
あたしの言葉がひどくないってことはないんだろうけど、臨也に対してこれが言い過ぎだとは思えない。シラッとした顔をして臨也の言葉を聞き流し、あたしは臨也のいない方向に足を向けた。本当は用事があったんだけど、臨也の相手をしてまで行く気にはなれない。帰ろう。
「でも俺はきみのこと、好きだけどな」
「……は?」
「あ、もちろんlikeの方じゃなくてloveの意味でね」
臨也の言葉にあたしは一瞬返す言葉を忘れる。こいつはまた、どこでこういうことを覚えてきたのだろうか。
「バカじゃないの」
「バカじゃないさ」
ニヤニヤと薄い笑みを浮かべる臨也に背中がぞっとする。あたしは臨也のこういうところが嫌いだ。あたしの全てを見通されてるみたいな、態度が。
「でも君もさ、案外俺のこと嫌いじゃないよね。ていうかさ、俺のこと好きでしょ」
背中に氷が走る。パチリ。気がつけばあたしは手を振り下ろしていた。頬を赤くした臨也が、いつもと変わらない笑みを浮かべながらあたしのことを見てる。
「ほんと、人間って飽きないよね」
あたしが本当に嫌いなのは、全てを見透かされているあたし自身のこと。あたしのことを、“人間”以上には見てくれない臨也が憎たらしい。一瞬でも臨也の言葉に期待をした自分が、恥ずかしくて情けなかった。
/俺のこと、結構好きなんだね
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