「ごめん。俺、雛森を守ってやりたい」


申し訳なさそうな顔をして、そう言った日番谷くんにわたしは驚いたりはしなかった。日番谷くんはわたしの彼氏だ、った。正式には今この瞬間から日番谷くんはわたしの元彼になった。それはわたしにとって何ら驚くべきことでもなくて、だからと言って悲しくなかったわけでもなかったけれど、仕方のないことだった。

わたしは確かに日番谷くんの彼女だった。だけどわたしはちゃんと知っていた。日番谷くんの心が本当はどこにあるのか、日番谷が1番守りたい人は誰であるのか。それを理解していてわたしは日番谷くんと付き合っていた。だから日番谷くんに別れを告げられたことは必然でしかなかったのだ。


「そっか…わかった」


わたしは笑ってそう答えた。来るとわかっていた今日という日のためにずっと練習してきた作り物の笑顔。わたしの笑顔に日番谷くんは少し驚いたような表情をして、それからほっとした顔をしてありがとうと言った。

日番谷くんは知る必要なんてなかった。『嫌だ別れるなんて言わないで。嫌だ。苦しい苦しいよ』こんな醜い心は日番谷くんには隠したままでおきたかった。


***


それからのわたしの毎日はとても色褪せたものに変わっていった。涙はあまり流さなかった。泣き腫らした顔を日番谷くんに見られたら心配をかけると思ったからだ。

わたしはただひたすらに笑っていた。溢れる涙をこらえる方法をわたしはこれ以外には知らなかったのだ。多分わたしは、相当に不器用な人間だったんだろう。


「今日はよろしくね、なまえちゃん」


ふにゃり、と笑って手を差し出してきた雛森副隊長にわたしも笑って手を握り返した。今日は十番隊と五番隊の合同任務の日だった。そのメンバーはわたしと雛森副隊長と日番谷くんと他数人の平隊員。視界の端で日番谷くんがこちらを見て小さく笑ったのが見えた。

雛森さんの笑顔にきっと頬が緩んだんだろう。いいな。雛森さんが羨ましい。気が付けば雛森さんの手を握る力が少し強くなっていた。醜い自分に嫌気がさす。


***


現世に到着したわたしたちは始解をして斬魂刀を振るっていった。任務は現世に大量発生した虚の討伐。大変な任務だったけれど、隊長と副隊長がそれぞれいたからそんなに難しくはなかった。

わたしは斬魂刀を振るいながらずっと日番谷くんのことを見ていた。だけど日番谷くんは雛森さんのことを見ていなかった。日番谷くんは、真面目なんだろう。不真面目な自分が嫌になった。だからわたしは雛森さんにかなわなかったのかもしれない。


「ふう。もう終わりかな…」


疲れた、と笑って言う雛森さんを真似てわたしも笑う。雛森さんみたいになりたかった。雛森さんになりたかった。雛森さんがいなかったら、わたしが雛森さんになれたのかな。

そんなことを考えた瞬間だった。建物の影から虚が飛び出してくる。あ…。口からは思わず声が漏れるだけで反応が間に合わない。そして現れた虚はそのまま雛森さんに向かっていく。雛森さんはそれに気が付いていなくて、ぽかんとするわたしに不思議そうな顔をしていた。

雛森さんがいなかったら。

さっき思った嫌な考えが頭の中に反響した。最悪な考えだったけど、間違いなくそれはわたしの本音だった。


「死んじゃえ」


自分でもどうして、と思うほど清々しい笑顔でその言葉は口からでた。虚が襲いかかり、やっとそれに気が付いた雛森さんはすごく驚いた顔をしていた。それが突然現れた虚に対しての驚きだったのか、わたしの言葉に対する驚きだったのかはわからない。ただ虚は宙に血を蒔いた。


「な、んで…」


そして地に向けて落ちていったのは、何でだろう。何でかなぁ。何でか自分でもわからなかったけど、わたしだった。咄嗟にわたしは雛森さんを守っていた。

『ごめん。俺、雛森を守ってやりたい。』

あの日、日番谷くんがわたしに言った言葉がわたしの頭の中に反芻する。雛森さんなんかいなくなったらいいのに。醜いわたしの本音は今でも変わらなかったけれど、それ以上に嫌だったんだ。日番谷くんが雛森さんを失って悲しむところを見るのは嫌だった。


視界の果てで雛森さんが悲鳴をあげる声が聞こえた。日番谷くんが冷静に、わたしを襲った虚を殺すのを見た。それにわたしは静かに涙を流した。

遠ざかっていく蒼にわたしの手が届く日はもう二度と来ない。それでもわたしは彼を好きだった。

/空が果てまで

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