簡単な話だ。
割り切れば全ては単純になるはずだった。頭では、それは理解してた。だけどわたしは、あまり頭のいい人間ではないから、理解していてもそれがうまくできなかった。
「バカでさァ」
そう言ってラビはわたしの頭をくしゃりと撫でた。バカ、と言いながら、わたしの髪に触れるラビの手の温度がとても優しいから、わたしは少し嬉しくなって、少し悲しくなった。
ラビが優しくわたしに触れる度に、ああ、わたしって愛されてるんだなぁと実感できる。だからわたしはラビに触れられるのが好きだった。
だけどラビが優しくわたしに触れる度に、ああ、いつかこの手はわたしの目にも映らない遠いどこかに行ってしまうのだなぁ、という事実に気付いてしまって、すごく悲しくなった。
ラビはわたしのそんな気持ちを知っている。知っていてラビはわたしに触れる。それはラビが傲慢だからとか、そういうのではなくて、わたしがそれを受け止めたから、ラビはわたしに触れる。
そんなわたしをラビはよくバカだと言う。
ラビはブックマンの後継だ。ブックマンにも色んな規則や掟があるから、詳しくは知らないのだけど、とにかくブックマンは1つの世界に長くは留まらない。
つまりわたしはいつかこの愛しい手を失う日を迎えなければいけないのだ。
それをわかっていてラビを受け止めるわたしを、ラビはバカだと言っている。いつか必ず失う日がやってくるものを愛するなんて、わたしはバカだと。
「だって、好きになってたんだもん…」
だけど、好きになってしまったのだから仕方がない。愛する気持ちは、ときに自分でもブレーキが引けないくらい、勝手に走り出すことがある。そしてわたしは、自分ではもうブレーキが引けないところまできてしまった。
「今すぐにラビを手放すなんてわたしには出来ないよ」
「だけど…いつか後悔する日が来るでさァ」
「わかってる。でもそれでもいつかやってくるその日まで、わたしは僅かな時でもラビと過ごしたい」
だからお願い。この手をまだ離さないで。
最後の言葉は口にはしなかった。その代わりにわたしの頭の上に乗ったラビの手をそっと掴んで、胸元に降ろして抱きしめた。
この手はまだ、離さないよ。
「……そっか」
そんなわたしの動作にラビは少しだけ困ったような顔をして小さく笑った。もしかしたら、ラビにはわたしの気持ちを見透かされていたのかもしれない。
本当はずっと、ずっとずっと、この手を解きたくなんかないってこと。できるなら、時間よこのまま永遠に止まれ。
だけどそれができないなら「もう少し触れていてもいいですか」せめてあと1分1秒でも長くあなたと居たい。そう思った。
/「もう少し触れていてもいいですか」
冷たい君に至福の時をさまへ提出