「また来たの」
喉から出た声は、自分が思っていたよりもさらに冷たいものだった。そんなわたしに訪問者、彼、グランは眉ひとつ動かしはしなかった。また1つ、彼は人間らしさを失っていた。
グランはジェネシス計画の被害者。いや彼は、ジェネシス計画の加害者だ。
ジェネシス計画とはエイリア石という未知のエネルギー石を使用して人間の能力を飛躍的に向上させ、世界を征服する計画のことだ。わたしたちの、お父様がたてた計画である。
そしてわたしこそが、この計画の最大の被害者。自分で言っちゃうのもなんだけど、わたしは相当運がなくて可哀相なやつだ。
「死んじゃえグラン」
笑って、まるで冗談を言うように、わたしはそう言った。
本当に、グランなんか死んじゃえばいいのに。ううん。グランだけじゃない。ガゼルも、バーンも、お父様も、みんなみんな死んじゃえばいいのに。
この計画に加担した人は、全部死んじゃえ。そう思った。
「グランなんか大嫌い」
「……」
「グランの人殺し…!げほげほっ!」
「なまえっ…!」
「っさ、わらないで!!」
パシリ、と渇いた音が部屋に響いた。わたしの口からは赤い液体が飛び散る。
「触らないで。二度と触らないでよ。あんたのその汚い手で」
グランを睨みつけながら、わたしはそう言う。
だけどグランは、叩かれた手など気にならないというように、またわたしに手を伸ばそうする。だからわたしはその度にグランの手をたたき落としてやった。
「なまえっ、でも血が…!」
人間離れした冷たい顔をして、グランが焦った声をするのがひどく滑稽だった。人間じゃないくせに、そんな人間みたいな声をしているだけで腹がたつ。
「誰の、せいよ…!」
わたしの言葉にグランはやっと動きを止めた。
そうだ。元はと言えばわたしがこうなったのは誰のせいだ。わたしはジェネシス計画に反対してたのに。無理矢理わたしを巻き込んだのは誰だった?
グランだ。お父様のためと繰り返して、嫌がるわたしに無理矢理エイリア石を使わせたのはグランだ。
そしてわたしの身体はエイリア石に拒絶反応を示した。ほらね。グランはエイリア石は絶対に安全だって言ったけど、そんなことなかった。それを示唆していたわたしが、こんな目にあってしまった原因は一重にグランにある。
「ごめん…俺は、こんなことになるとは」
「思わなかったって?そうでしょうね。だけどその結果がこれよ。わたしの余命がその結果」
「……ごめん」
「許さないよ。わたしはまだ死にたくなんかなかったのに!」
今こうしている間にもわたしの余命は減っていっている。自分の身体のことは自分が1番よくわかる。多分わたしは、あと2、3日で死ぬ。
死ぬのはとても悲しくて苦しくてつらい。
「グラン」
「……なまえ…」
だからわたしは1つの我が儘をグランに残して逝こうと思った。
わたしは世界のために、ジェネシス計画を批判した。だけどそれは世界が、わたしの生きる世界だったからだ。でももうすぐこの世界からわたしはいなくなる。それならわたしはこんな世界ボロボロになってしまえばいいと思う。
今になってお父様の気持ちが少しわかるような気がした。何かを見殺しにして生きていく世界がわたしは恨めしい。こんな気持ち、本当なら理解なんかしたくなかったけど。
「わたしを殺した計画を、途絶えさせたりしたら本気で許さないから」
わたしの言葉にグランは初めて眉を動かした。微かな変化だったけど、グランはとても悲しそうな表情をしていて、わたしはそれに笑った。
わたし知ってたよ、グランがジェネシス計画に苦しんでたこと。ヒロトは優しいから。でもグランなんか、もっともっと苦しめばいいんだ。人殺し。
/彼女はすでに死んでいた