「…驚いたな」
少し、本当に驚いたような顔をして彼は小さく笑った。それは以前から彼がよく見せた人を嘲るような種の笑いではなくて、ただの普通の、笑顔のようにわたしには見えた。
「知ってたくせに。…わたしの気持ち」
「お前が、俺様に惚れていたことか?」
「…バカ」
目の前に座る彼――いま、世界を震撼させているヴォルデモート卿が機嫌良さそうに笑う姿に、思わず目頭が熱くなった。わたしと彼は、学生時代の友人だった。彼と会うのは卒業式以来になる。
彼は少しばかり、やつれてしまったような気がした。…いや、彼はまがまがしくなったと、言うのが正しいだろうか。当然か。あの女みたいに綺麗な手はもう、沢山の死を知っているのだから。
「隠れ家、捜すの大変だったんだよ」
「そうか」
「3年も、かかった」
「そうか。そうでないと、隠れ家とは呼べないからな」
「…うん、確かに」
「しかし本当に、お前には驚かされてばかりだな。俺様は、お前はこちら側には来ないとばかり思っていた。だから、卒業するときお前を誘わなかった」
「それで勝手にいなくなったの?」
「ああそうだ。二度と関わる気もなかった。知らないところで、勝手に幸せになれと思っていた」
「…そっか」
幸せを祈ってくれてありがとうと言って笑えば、彼は何も言わないでそっぽを向いた。そういうところは変わらない。多分、照れてるんだと思う。彼はそんなところを他人に見せたりはしないから。
「だがお前は俺様を追いかけてきた」
血よりも紅い彼の目が、ギョロリとわたしを見る。蛇に睨まれたら、こんな感じなのだろうか。背中に冷たいものが走るのを、わたしは間違いなく実感した。
だけどわたしは、彼を追いかけてきたことに後悔などしていない。ずっと考えていた。彼と敵対して戦うという選択。彼の言うように、彼を見ないふりをして、自分だけが幸せになろうという選択。いくつもの選択のどれを選ぶべきかわたしはずっと考えてきたのだ。そしてわたしが選んだ選択肢は、これだった。
「ねえわたし、闇の帝王のお妃様になるよ」
「…俺様が、いついいと言った?」
「知ってるくせに」
「…」
「自分の気持ちがわたしにバレてることも、知ってるくせに」
そう言ってわたしはシニカルに笑う。それから、一歩ずつ彼の元に歩み寄っていって、彼の肩に抱き着いた。初めて触れた彼の体温は、以外にも当然に、ただ人と同じように温かくて、それが何故かむしょうに悲しくて嬉しかった。彼もただの人だったのだ。
「ねえ、いいでしょ」
そしてわたしは夜に溶ける。これでわたしの手も存在も、汚れてしまったけれど、それでよかった。
わたしは彼の傍にいたい。世界も親も友も、自分の正義生き方その全てを裏切ってでも、わたしは彼をひとりにはしたくなかったのだ。
/月が堕ちてくる
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