「…寒い」
消え入りそうな声で彼女はそう言った。
「……ああ、俺もだ」
返事を返しながら彼女の顔をじっと見つめる。彼女は青白い顔をして、泣きそうな顔で笑っていた。
「なんで、かな…わたし、布団の中にいるのに、寒いんだ」
「…ああ」
「………震、えるの」
「…ああ」
「唇が、なんか、震え、る」
「ああ」
紫の唇から紡がれる言葉が見ていて痛々しい。どうして彼女なのか。どうして彼女がこんなふうにならなければいけないのか。考えれば考えるほど、理不尽な世界が憎たらしく思う。
「こわ、い、鬼道…」
いつも前向きな彼女は、滅多に弱音なんか言わない。そんな彼女の弱音が、俺を不安にさせる。何故そんな弱音を言うのか。いつだって、彼女には未来以外を見ないで欲しいと俺は思っているのに。
彼女は小さいころから病気だったと聞いている。長い長い闘病生活の中で彼女はいったい何を失いながら生きてきたのだろうか。彼女の悲痛の笑顔を見る度に、俺には見えない彼女の努力が俺の胸を締め付ける。
「わた、し、死ぬ、のかな」
そんなこと言うな。喉から出そうになる悲鳴にも似た声を我慢して彼女の手を握る。彼女の手は、冷たかった。
「あった、かい…」
「俺の体温を分けてやる。いくらでも、お前になら分けてやるっだから…!」
死ぬなんて、言うな。死ぬな。
言ってはいけなかったはずの彼女に対する残酷な願いが自然と口からこぼれでた。誰よりも、誰よりも、死にたくないと彼女が1番思っているはずだと知っていたはずなのに、俺は何を言っているんだ。はっとなって口をつぐめば、手の平で繋がる彼女の顔がゆっくりと歪んで、それからすぐにまた笑って、口を開いた。
「……めん、ね」
彼女が息を引き取ったのは、それから間もなくのことだった。
/小さな呼吸