わたしはシャルナークのペットでもなければ物でもない。れっきとした恋人、のはずだ。それなのにシャルナークときたらめったに家にも帰ってこない。これじゃあわたしとシャルナークが同棲するために買ったこのマンションだって要らない気がする。別れ時、なのかな。わたしは今でもシャルナークのことが大好きだけどわたしはシャルナークのお仕事も出身も何もかも知らないし、第一なんかもう愛されてない気がする。それなら潔く身を引くのが良い彼女として一番綺麗に終われる方法なんじゃないかと思う。本当はそんなの嫌だけど、だけど女々しく泣いてすがりついて、他の女のところへ行ってめったに帰ってこない男を待つのなんて真っ平ごめんだ。終わりにしよう。

ガチャリ。そう決意をした瞬間に半年ぶりに家主は帰ってきたみたいだった。何というかベストタイミングというかバッドタイミングというか。今が終わりのタイミングであることを神様にまで推されたみたいで、わたしは思わず苦笑した。


「ただいま」

「おかえりシャルナーク」

「久しぶりだね、会いたかった」

「ふふ、わたしもよ」

「あれ、髪切ったの?」

「え?…うん、そうよ」

「やっぱりね。新しい髪型もよく似合ってる」


まるで久しぶりだとは思えないくらいに順調に交わされる会話は変わらない。だけど1つだけ言わせてもらうと髪を切ったのはもうひと月以上も前のことだ。シャルナークが知るはずもないけれど。


「今日は夕食はまだ?」

「ごめんなさい。もう食べたの」

「いや、いいよ。俺も急に帰ってきたしね。カップ麺でも食べるから」


そう言いながら微笑んで、それからシャルナークは対面式のキッチンに入ってお湯を沸かし始めた。シャルナークは何も変わってなかった。こうしてシャルナークと話しをしていると、これからもシャルナークとこうして暮らしていく未来が頭に浮かんで泣きそうになった。だけどそんなことはもう望んではいけない。シャルナークの食事が終わったら早く切り出してしまおう。これ以上苦しくなる前に。

ねえ、シャルナーク?ご飯を食べたら後で話があるの。そう言ったわたしにシャルナークは驚いたような顔をして、すごい、偶然だと言って笑った。もしかしたら、シャルナークも別れ話をするために帰ってきたのかもしれない。


「ていうかさ、俺もうそわそわしてカップ麺どころじゃないんだよね」
「え?」

「今、先に話してもいい?それとも君が先に話す?」

「あ…いいよ、じゃあ、シャルナークが先に話して?」

「ほんと?サンキュー」


すごくいい笑顔でシャルナークがキッチンから出てくる。シャルナークのその笑顔にわたしの涙腺はもう崩壊しそうだった。お別れ。シャルナークとお別れ。いざ目の前にまで来てみると悲しすぎる。せめてもう一度だけ、シャルナークがご飯を食べる横顔を見たかったけど。それももう叶わないだろう。きっともう気持ちのないわたしと対面してご飯なんか食べたくないだろうし、わたしだって別れた男の前にいつまでも居座るつもりはない。それにこう見えてシャルナークにはわたしもときどき肝が冷えるくらい冷たい顔をするから、元カノに情なんかないに決まってる。


「じゃあ、よく聞いてね」


ふわりと笑うシャルナークの顔の裏に、わたしを冷たく見る影を見たような気がした。シャルナークは冷たいことを考えてるときほど笑う。ずっと見てたから、わたしは知ってる。だから余計に悲しくなる。この先は聞きたくないという気持ちと、早く終わらせて欲しいという気持ちがない交ぜになる。わたしはそっと、目を閉じた。この場から逃げ出したかったのかもしれない。


「結婚しよう」

「うん………て、え…?」

「だから、結婚しようって。ずっと考えてたんだ。これ以上このままきみをほっておくわけにはいかないだろ?けど俺きみのこと手放したくないし。でもただの彼女を、俺の事情に巻き込むわけにはいかないから。奥さんに、なってよ」


だけどシャルナークの口から出たわたしの予想とは全く正反対の言葉にわたしは閉じていた目を見開いて呆然とする。だって、シャルナークとわたしが結婚なんか、有り得ないのに。わたしはシャルナークに愛想を尽かされていたはずで…あれ、でもそれはわたしの思い込みだったの?


「えっ…!何も泣くことないだろ!ごめん嫌だった?それとも嬉しさからくる涙?どっち?」

「び…」

「…び?」

「びっくり…して」

「びっくり?」


え、びっくりって何だよびっくりって!俺がびっくりするよ。返事くれると思ったらびっくりって何だよ!と言って心臓を抑えるシャルナークの耳は少し赤くなっているような気がした。


「本当に…いいの?」

「へ?何が?」

「結婚、わたしなんかで」

「なんかって何だよ!きみこそ俺なんかでいい?俺さ、人には言えないような仕事してるよ」

「し、知ってる!わたしはシャルナークがいい!!だ、だけどシャルナークにはわたし以外にいい人が…!」

「いないよ。俺にはきみだけ」


ていうかさ、つまり俺の求婚はオッケーもらえたってことでいい?そう言って笑顔で顔を傾げたシャルナークに、わたしは泣きながら笑って頷いた。わたしを、お嫁さんにしてください。

/あの子の前で泣いて下さい
心酔少女さまへ提出

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -