「終わった……第三部完……」
仕事を片付け、ばたりと畳へ体を投げ出す。障子の向こうで燦々と照る朝日が、ブルーライトに慣れた目には痛い。
数日前まで、ミュージカル本丸のお祭りが配信されていた。オタクである審神者は、どうしてもそれを何度も何度も観たかった。書類を後回しにしてでも。そして配信期間が終了して数日。ツケを今しがた払い終わったところである。
いやしかし
「ミュ前観たいなー……」
「呼んだか?」
「ぎゃあ!?」
何でいるんだ豊前江。驚いて目を開ければ、赤い瞳とかち合う。ロックでも奏でそうな程度には跳ね上がった心臓が口から飛び出そうで。
「ど、どうしたん豊前」
審神者は溜めた書類を徹夜でどうにかしてようやく寝に入るところだったのだが、徹夜明けの変なテンションなせいで発された戯言を、よりによって豊前江に聞かれるとは思いもよらなかった。
「ん?今日の近侍」
「あっそうだったわ……朝早いね……」
「桑名に主んとこ行けって言われてよ。まさか主が起きてっとは思ってなかったけどな」
豊前江は審神者と目を合わせるようにしゃがみ、からりと笑う。
今まだ6時前だよ桑名江。当番にしていなくても畑仕事に精を出すあの刀が早起きなのは知っていたけど、審神者が寝てたらどうするつもりだったんだ。
「聞くけど、寝てたらどうしたの」
「起きんの待ってた」
「心臓に悪いからそれはやめて……」
起き抜けに豊前江を浴びるのは心臓に悪すぎる。不整脈になって瞬く間に死んでしまう。うちにはAEDもDCも置いていないので勘弁していただきたい。
「まぁ、主なら多分起きてるとは思ったけど。普段この時間には起きてっし」
「まぁねぇ……いや何で知ってんの」
「前に見た。あと早朝覚醒だーってこないだ言ってたろ。よく分からんかったから長義に聞いた」
「長義」
長義は弊本丸でも精鋭の事務員である。出陣時以外は大抵審神者の近くにいる為、審神者関係で知りたいことがあれば大体のことは答えられる、と初期刀の国広が言っていた。あいつら実は仲良いのだろうか。
「けど主、今まで寝てたって感じでもねーな」
「アー……今から寝ようと思って」
「徹夜か」
「そんなところで」
豊前江の登場で眠気が追いやられていたが、さすがに脳が必要としているのか、くぁとあくびが出る。思考にもぼんやりと靄がかかってきて、頭重感すらあるくらいだ。
「どのくらい寝る?」
「んー……2時間くらいかぁ……多分ちょっとしたら起きるわ」
「分かった」
「起きてこなかったら起こして……」
「ん」
審神者の意識が落ちる頃、頭が動かされた感覚が審神者には残った。豊前が枕でも入れてくれたのかな、と欠片ほど残った意識で考え、眠りに落ちた。

「……!」
ぽん、ぽん、と赤子をあやすように背中を叩かれ、心地良さに微睡んでいたが、審神者は現実を思い出し慌てて目を覚ます。
端末で時間を確認しようと手を伸ばす。しかし視界に入らず、ぱたぱたと辺りを探すが端末は無く、普段は枕元にあるそれが無いことを疑問に思っていれば頭上から声がかかる。
「起きたか?」
「え?」
顔を上に向ければ、日光を背にした豊前江が審神者を見下ろしていた。不意打ちで豊前江の顔面を見てしまったが、ぎりぎりで審神者に不整脈は発生しなかった。
「おはよ、9時だぜ。朝飯は堀川に軽く食べれる物にしてくれって言ってある」
「えっありがとう……?ってあ!?枕じゃない!?」
「あー、枕の方がいいとは思ったんだけどさ、俺の膝は安心出来るって篭手切が。寝れたか?」
「そ、それはもう……」
「なら良か。ほら主、朝飯食い行こーぜ」
「あっ、はい」
豊前江に促され、審神者が立ち上がる。しかし臥床が長かった為に立ちくらみを起こし、ぐらりと体が傾く。しまった転ぶ、と支えを探し宙に浮く手が取られれば、ぐいと体を引き寄せられる。
「足元気ぃ付けろよ」
「すんません……」
見上げた先にある顔面には何とか耐えられたが、胸の高鳴りを止めることは出来なかった。
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