「あの……ちょっといい?」
銃声が訓練所に響き渡る中、長い黒髪を三つ編みにした同期が僕に声を掛けてきた。深く赤い双眸に、射抜かれたような気がする。
「えっと、名前……だよね?」
「あ、知ってたの?名前・名字よ。よろしく」
僕が知っている訳がないと思っていたのだろう、きょとんとした表情に、幼さを感じる。名前と顔が一致する程度にしか知らなかった彼女の、新しい表情だ。
前に誰かが目の前の彼女について、"鉄仮面系美人"と話していたのを思い出した。賞賛か誹謗か分からない称号を彼女は知っているのか、薮をつつきたくはないので黙っておく。
「ははは……。あ、僕は」
「ベルトルト・フーバーよね?知ってるわ」
「あ、そっか。よろしく。それで、どうかした?」
「貴方、射撃は得意よね?……ちょっと、教えてもらうことって出来ないかな、って」
どうやら射撃が苦手みたいだ。そう言って、名前は手に持つ狙撃銃へ視線を落とす。射撃が得意だと公言したことは無いが、彼女にはいつの間にか知られていたらしい。
「えっと……教えるのは上手くないんだけど、それでもいいかな」
「見させてもらえるだけでも助かるわ。お願いね、ベルトルト」
そう言って、彼女の口元が綻んだ。思いのほかやわらかく笑うんだなぁなんて思ってしまって、慌てて思考回路から弾き出す。
「あ、うん、じゃああっちの的使おうか」
訓練場の隅にある的を選び、彼女を連れて歩き出す。
___

破裂音が空に響く。
クロトの放った銃弾は、的の端を掠めるように当たっていた。それに溜息をついているのが見える。
「……的には当たってるんだけど、ね」
ナイフなら簡単なのに、と呟く声が微かに聞こえる。包丁の扱いに慣れているからとか、だろうか。疑問には思うが口には出さない。
「うーん、構え方とかは良いし、多分反動を殺しきれてないんだと思う」
「反動……」
「女性はどうしても体が細くて、反動を受けやすいんだ。少しでもブレを無くす方に力を入れた方がいいかもしれない」
「ブレを無くす……難しいわね」
かちゃりと音を立て、銃を構え直す。
「ごめん、少し触るね」
構える彼女の後ろに立ち、断りを入れて構え方を微調整する。
「もう少し腰を落として、グリップを握りしめないように……そう、手を添えるんだ」
力のこもった彼女の左手を開くようにし、下から自分の手を重ねる。
「あとは、撃つ瞬間は息を止めるんだ。そうするとブレが少なくなる。あ、でも止めるのは3秒以内にして」
「分かったわ。3秒以内ね」
的に対し、銃は直角。構えは整えられている。彼女の視線の先には、しっかり的の中心がそびえ立つ。
「合図で撃とう。3……2……1……」
乾いた破裂音と共に、木が弾ける音が響く。
弾は的の中心を射抜いていた。
「……や、やった、当たった……!貴方のおかげよ!ベルトルト!」
くるりと振り向き、三つ編みが軽やかに揺れる。透き通る空が赤に移って、僕を見上げるそれはまるで宝石みたいに見えた。
「……い、いや、君の実力だよ」
「そんなわけないでしょう!……あ、ごめん、取り乱したわ。でも、本当に嬉しかったわ。ありがとう、ベルトルト」
「……役に立てて、良かったよ」
"鉄仮面系美人"なんて嘘じゃないか。こんな短時間で、彼女の表情はいくつもあった。赤い瞳だって、まるで林檎や苺みたいだ。
「今度、何かお礼をさせて頂戴」
「いや、それは君に悪いよ。それに、勝手に体を触ってしまったし」
「別にいいわよ、それくらい。あと遠慮しないで。私がしたいの」
美味しいお菓子のお店には詳しいのよ、と口角を上げる名前。
ああくそ、可愛いなんて思ってしまった。
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