事後特有の、気だるさがこの身を包む。
水を飲もうとシーツから出ようとするが、シーツから伸びる浅黒い手に腰を掴まれ、力の入らない腕では逆らえず、そのままずるずると浅黒い腕の持ち主に包まれる。
「ねぇ、名前はさ、何で兵士を目指すの?」
そう聞いてくるベルトルトの腕に、ぎゅっと力が入るのを感じる。上にある彼の顔を覗き込もうとしたけれど、私の肩口にすっぽりと埋めていて見えなかった。
普段であれば他人にそういった事を聞かれても素直に答えようなんて思わないが、ベルトルトになら明かしても良いかもしれない、と脳内に考えが過ぎる。面白くも何ともない、それこそ与太話のようなものであるが。
「エレンみたいに立派な理由なんて出てこないわよ」
「……聞いてもいいのかい?」
「つまらない話でよければ」
「名前の話は、何でも聞きたい」
ふと顔を上げれば、月に照らされた深緑色の双眸がじっと私を覗き込んでいた。意志の込められた視線に、これはもう言わざるを得ないと思ってしまった。
「……これしか道が無かったから、かな」
深緑色の中に、私が映し出されている。
「私が娼館に売られたって話はしたことあった?」
「……ああ」
「ある日突然、家に押し入ってきた男達に親を殺された。金が欲しかったんでしょう。私はそのまま娼館に売り飛ばされたわ」
思い出すのも忌々しい、穢れきってしまった、誰も知らないあの日々。私を求める手を、目を、ふと脳裏に浮かべてしまい、胃の中が攪拌された気分になる。
「そこからはまぁ、色々されたし最悪な日々だったけど……。終わりは呆気なかった。とある客に買われた日、ウォールマリアが陥落した」
「……あの日、君もシガンシナ区にいたのか?」
ベルトルトが息を飲んだ様な気がした。
「ええ」
「巨人が現れた時……恐ろしいとか、思わなかったのか?」
「思わなかった。逃げられる、って、感動すら覚えたわ。死んだ人には悪いけど」
ベルトルトは、マリアの南東にある山奥で育ったと言っていた。あの日何かを失ったであろう人に対して、言ってはいけない言葉を口にしてしまっている自覚はある。
「だから、逃げた。巨人よりも、私を見る男達が恐ろしかったから」
自覚はある。けれど私の言葉の先を待つベルトルトを見てしまって、口を止めるなんて出来なくなっていた。
「……でも不思議だわ。ベルトルト、貴方の目に、恐ろしいなんて思わなかった」
「名前……」
「私の身体を欲しがる奴なんて、ろくなのじゃなかった」
貴方以外は、なんてつまらない言葉は飲み込む。
ベルトルトはその大きな体を起こすと、私を隠すようにして覆い被さってくる。肘で体を支えると、空いた手で私の頬をするりと撫でる。もう少しで唇が触れ合いそうな距離に、生娘でも無いのに気恥しさを覚えてしまった。
「僕は君に酷いことなんてしないよ。この綺麗な赤い目に、僕が映る限りはね」
「あら物騒」
「冗談だよ」
冗談に聞こえないことに自分でも気付いているのか、二人揃ってくすくすと笑う。
……尤も、彼の想い人は私ではないのだけれど。
「……家族もいない、寄る辺にも帰れなくなった子供なんて、兵士くらいにしかなれなかっただけ。理由なんてこんなものよ。……つまらなくて悪いわね」
「いいや、ありがとう。……ねぇ、今の話、僕以外に知ってる人って」
「いないわ。誰にもするつもり無かったもの」
「そっか。……良かった」
首筋に、少しかさついた感触があった。それがベルトルトの唇だと理解するのに時間はかからなかったが、理解する頃にはちくりとした痛みが走る。
「あ、もう」
「見えないから安心して」
そういうことじゃないでしょうに。ふと眼下の黒髪に指を通せば、思いのほかやわらかな指通りで、何度も梳いてしまう。
「僕の髪なんて触って楽しい?」
「思ったよりも」
「じゃあ僕も名前に触っていいよね」
「……仕方ないなぁ」
するりと太腿を撫でる手に、拒否など出来るはずもなく。このまま静かな夜に溶けてしまいたかった。
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