「……あ」
久しぶりに故郷のナギサシティに足を踏み入れれば、街全体を襲っていた例の停電が復旧しており、普段通りの賑わいを取り戻していた。
「やっと直ったんだ」
数週間前に一度戻ってきたことがあったが、その時から既に停電していた記憶がある。今回はいやに長かったな、なんて思いながら、停電の元凶でもある幼馴染の所へ向かう。
遠くに聞こえる潮騒を浴び、のんびりと街を歩いていれば、何か小さな違和感のようなものを、ふと、つくりと抱いた。以前帰ってきた時は数日滞在した後に街を出てミオシティへと向かったが、私が出た後に何か街が大きく変わった、といったような出来事は噂にも聞かず、やはり無かったように思う。
「あら名前ちゃん!おかえり!」
「フミコさん!ただいまー!」
灯台へと歩を進めれば、馴染みの住民から時折声が掛けられる。
取材と称し飛び回るので、この街で過ごすことはやはり少なくはなったが、それでも馴染みの人からは声をかけられる。自分の帰る場所はここなのだと、繰り返し繰り返し思いさせられる。
無意識領域がその能力を遺憾無く発揮し、気付いた頃には果てに水平線が見えた。

海にそびえる街の灯台。
シンオウを てらす シンボル

シルベの灯台へ、足を踏み入れる。

どこか重い足を引きずって最上部へ着けば、わたしの思った通りだった。青のジャケットを目印に、デンジはゆるりと海を眺めている。
「デンジ」
気配を殺すように、背後から名前を呼ぶ。珍しくわたしの存在に気付いていなかったのか、弾かれた様に振り返る。
「名前!」
「ちょっと待って苦しい苦しいしまるしまる!」
振り返った勢いはそのままに、ジャケットから伸びた白い腕が背中へ回る。加減を知らない成人男性の力で締められてはたまったもんじゃない。中身が出る。
「…悪い」
「…もー」
体勢はそのままだが、ゆるりと腕の力が弱まり、わたしの人としての尊厳は守られた。
「帰ってくるのが遅い」
「1ヶ月も経ってないよ…」
「毎日帰ってこい」
「それはもはや住んでるじゃん」
「おれんとこに住めばいいだろ」
「ええい、ああ言えばこう言う…そういえば、停電直ったね」
話を逸らすために口を開けば、一瞬だが、デンジの腕が強ばったのを感じ取る。
「そのせいかはわかんないけどさ、街がさ、どっか変わったような気がするんだ」
「…工事が終わったからだろ」
「…それもあると思うけど…」
ざわり、ざわり。心が安全装置を働かせようと必死だ。きっと、街に入る前、それこそずっと、ずっと前から、その理由に気付いていたから。
「…あのさ、デンジ」
「…ああ」
「…わたしさ、わたしじゃあさ、」
「いいんだ」
続けようとした言葉が出ないまま、ぎちりと檻が強固なものになる。
言わなくても分かってるんだ、この男は。
「お前は、いてくれるだけで、それでいいんだよ」
鼓膜を震わすその音に、どうしようもないくらいに自分が情けなくなる。
「…ごめんね」
「謝るくらいなら帰ってこい」
「…ごめんて」
「…許す」
ナギサのきらきらと輝く海面を映した瞳とかちあう。その中にわたしの暗い海底のようなそれが映って、この男には、わたしの全部を見透かされてるんだと悟った。
「今日はご飯作るから」
「毎日頼むぜ」
「やぁだよ」
この街から逃げてることも、きっとデンジには知られてるんだろうな。そんなことを思いながら、わたしよりも大きな背中へ腕を回した。
prevnext
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -