※学パロ

年が明け、早2ヶ月目。暦の上では立春を迎えとっくに春へ移り変わっているが、現実ではそうもいかない。路肩には冬に降った雪が依然山となって残り、早朝には凍結だってする。凍結のお陰で受験を控えた生徒にとって聞きたくない言葉がTVから溢れる日々だ。尤も進路が決まったアタシにはそんなもの関係ないのだけど。
ふと端末で現在時刻を見ると、無機質なそれは7時半を示している。そろそろ学校へと向かわなければならない事に気付き、近くに置いておいた鞄を掴んで部屋を出た。

学校に近づくと、正門の辺りが妙に賑わいを見せている。何事かと思いながら門をくぐろうとするが、何人かの女子生徒に呼び止められてそれは阻止された。

「おはよう神忌!待ってたのよ!」
「神忌ちゃんおはよ!はいこれ!」
「あ~神忌やっと来た!遅いぞ!ほら!」
「ん?」

おはようの挨拶と共に渡される箱、袋、箱。女の子らしさ溢れる装飾の可愛らしい物から豪勢な装飾がされた物まで盛り沢山で、はて、今日は何かの記念日だったかと考える。
ありがとう、と言いながら受け取っていると、アタシの存在に気付いた他の女子まで次々と渡してきた為、5分とかからずに持ち切れなくなってしまった。

「……今日って何かイベントでもやってたか?」
「えっ!?」

何言ってんのこいつ、みたいな顔で女子の殆ど全員から見られる。解せない。うーん、と唸ると、傍にいた1人が愛らしいカバーに包まれたスマホの画面を見せながら言葉をかけてきた。

「神忌忘れたの!?今日は2月14日、バレンタインだよ!」

眼前のスマホには、確かに2月14日と刻まれている。しかし、まぁ、

「バレンタイン……すっかり忘れてたな……」

ぽつりと呟き、背中に嫌な汗が流れていったのを感じた。
去年は忘れなかったのだが、今年は受験があったので正直それどころではなく、近くなったら用意しようと思っていたらそのまま頭から抜け落ちていたらしい。完全にやらかしてしまった。

「ホワイトデーが楽しみだね~?」
「お返しは3倍だぞ?神忌ちゃん!」
「デートがお返しでもいいけどね!」
「はは、アタシの懐に対してお手柔らかに頼むぜ~?」

そう言うと彼女達は楽しそうに笑う。経験上、あと紙袋1つ分は貰うかもしれない。交換出来ない今、どんなお返しの要求がくるかわからないので来月が怖いのだけど、そこはもう自業自得だと言うしかあるまい。
ただ、問題が1つある。

__アイツに渡す分が無い。

さて、どうしたものか。
背中に嫌な汗が伝うのを感じた。

場所は変わって、自分が所属する3年教室。
教室までの廊下や階段でまた大量のチョコレートを貰い、鞄が締まらなくなった。男子から嫉妬と羨望の視線がばしばし送られてくるので鼻で笑ってやると、全員見事に撃沈していった。残念でもないが、お前らにやるチョコはない。
席に座り、鞄から溢れる菓子の山を見かねた同級生がくれた袋にお菓子を詰める作業をしながら思考を巡らす。
アイツ……平腹は、学年が1つ下の2年であるにも関わらず3年教室に堂々と入ってくる奴なので、放課後まで乗り切る、ということは出来ないというか無理がある。普通下級生は上級生の教室に入ってこないだろ、と思うのだが、平腹だからなぁで諦めがついてしまった。
思わず溜息をつくと、教室の扉が勢い良く開かれる音がした。何だか嫌な予感がしたので扉に視線をやると、そこには見慣れた髪色が。

「神忌ー!チョコ!くれ!」
「朝から喧しいんだよお前は。」

こちらを見るなり、犬のように駆け寄って来る平腹。お前……頭に犬の耳が見えるぞ幻覚だけど。
しかし、ああ、チョコレートな……。

「チョコなら無い。」
「えー!?何で!?」
「何でって言われてもなぁ……。」

頭に生えた犬耳がしょぼんと垂れているのが見える。

「今日がバレンタインってさっき知ったんだわ。」

受験で忘れてたんだよ、と付け足すと、平腹は拗ねたのか眉根を寄せてじと、と恨みがましい視線を向けてくる。

「神忌からのチョコ楽しみだったのに……。」
「悪いって。」

手を伸ばして乱雑に平腹の頭を撫でる。普段なら、単純だからかそれである程度は機嫌が直るのだけど、今回はそうもいかないらしい。仕方が無いけどな。

「ったく、機嫌直せって。」
「……神忌からのチョコ……。」

平腹の機嫌が直る兆しがない。呪詛のように神忌からのチョコ、神忌からのチョコとさっきから連呼されていて、正直面倒になってきた。
こうなれば、あの手を使うしかない。

「平腹。」
「チョコ……ん?うおー!?」

襟首を掴んで顔を引き寄せる。黄色い瞳は驚きでぱちくりと瞬かせていて、何故か面白いと感じた。

勢いはそのままに、平腹の頬へ己の唇を当てる。男にしては妙に綺麗な肌で多少苛付きはしたが、唇を離した時に見た平腹の顔が間抜け面で面白かったので許すことにした。

「……んえ?神忌?」
「チョコの代わりだ。ホワイトデー、期待してるぜ?」

アタシがケラケラ笑うと、口を開けて呆然としていた平腹がつられて笑い出し、その笑った顔がほんのりと朱に染まっていて、思わず頭を撫でまくった。

さて、ホワイトデーには何を強請ろうか。今から楽しみだ。

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