「あー……たるいなァ……。」
獲物の大鋏を肩に担ぎ、端末を弄りながら神忌が一人ごちる。他の課から押し付けられたとしか思えないような任務と、それを押し付けてきたとある課のお偉いさん方に珍しく任務関係で文句を垂れて、苛付きを覚えつつ任務内容の確認を行う。
やはり確認しても、雑用を無理矢理させられているような現実は変わる筈も無く、周囲に響く事はお構い無しとばかりに盛大に舌打ちをする。いくら男前だとは言え、折角の美人が台無しだ。そして舌打ちをかました彼女だが、割り切って任務に行く事にした。……が、彼女はおもむろに後ろを振り返る。微かな足音の様なものが聞こえてきたと思ったら、次の瞬間には彼女の目の前が緑色一色に染まる。
「神忌ーー!」 「うるせぇ。」 「うへぇっ!?」
黄色い目を爛々と光らせながら、平腹が神忌へと飛びかかるも、平腹の登場を読んでいた彼女は彼の頭を掴み放り投げ、飛び付きをいとも容易く阻止する。
「んで、何の用だ?平腹」 「かまって!……ってあれ!?」
呆れ顔で放り投げられたままの体勢の平腹に問い、返ってきた言葉の最初の文字で即座にその場を離れた神忌。ぽつんと1人残された黄色は暫く彼女の名前を呼んでいたが、次第に不貞腐れていった。
「……。」
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そして数時間後、ようやく神忌が任務を終えて獄都へと戻ってくる。
「あ、神忌任務お疲れ様。」 「鍛錬帰りか?佐疫。そっちこそお疲れさん。」
返り血を浴びたままにして屋敷内を歩いていた神忌に、鍛錬帰りと思われる佐疫が声を掛ける。その手にはベレッタが握られており、ほんの少しだけ香ってくる硝煙の匂いに、神忌には一目で鍛錬を終えた帰りだとわかった。
「そういえば平腹が拗ねてたけど、何かした?」
2人で他愛の無い話をしていると、唐突に佐疫が話題を変える。その質問の答えに正答ともいえる1つの予想が浮かび上がり、何となく気まずくなった彼女は不自然に視線を逸らす。
「とりあえず平腹の所、行ってきなよ?」 「……わかった。」
柔らかな水色の中に、有無を言わせない意思の光を宿らせてこちらを見た佐疫に、内心で自業自得だなと苦笑を漏らしながら言葉を返す。こうなったならば、さっさと行ってしまおう。そう考えた彼女は佐疫に別れを告げ、平腹が居るであろう場所へ感を頼りに行くことにした。報告は後回しにして。
彼女が向かった先は女子館入口。きょろりと辺りを見回してみると、扉の近くに平腹が体育座りで居た。……が、いつもと様子が違う。その事に疑問を持った彼女が近付くと、途端に平腹が目を開ける。どうやら寝ていたらしい。
「神忌!」 「おう。ただいま平腹。」 「おかえり!」
珍しく微笑んで言葉をかけた彼女に、平腹は破顔する。がばりと飛びついてみると案の定避けられたが、そんな事はお構い無しとばかりに何度も飛び付く。終いには神忌が折れて、その細い身体をへし折らんとする力で平腹がくっつく。
「いや痛ぇわ。」 「ごめん!」
神忌が笑いながら平腹を引き剥がす。そして現れる真顔と言葉に平腹は動揺した。
「お前、アタシが居なくて拗ねてたんだって?」 「え"っ、」
なんで知ってんの。とでも言いたげな顔で彼女を見る平腹。彼女の顔から能面は消えており、再度笑顔が浮かんでいた。
「わかるに決まってんだろ?アタシを誰だと思ってるんだ?」
その言葉に平腹の目にじわりと涙が浮かぶ。そして次の瞬間には、神忌の制服が濡れようが関係ない、とでも言うように彼女の胸元に自分の頭を押し付ける。恋人のそんな様子に、まるで小さな子どもだな。なんて思いながら神忌は平腹の制帽の上から頭を撫でる。
「……ちゃんとかまえよなー……」 「わーってるよ。」
ぎゅうぎゅうと抱き着いてくる平腹に気付かれないようにしながら、深く息を吐く。そして先程から鎖骨の下辺りにあたっていた制帽を外し、茶色の見かけによらずふわふわとした頭を撫でると、気を良くしたのか猫のようにその手に擦り寄ってきた。普段のフラフラしている様子と比べてみて野良猫かよ、と思って小さく吹き出すと、へそを曲げたのか平腹が「ん"ー……」と唸る。
「(まったく……。)」
手のかかる恋人様だぜ。そう思いながら、神忌はゆっくりと平腹の背に手を伸ばした。
(って報告行ってないんだった……。) (……後からでいいか。)
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