のけものアリス



※2週目要素有

学級裁判の結果、眼蛇夢がクロと判明し、断罪される事になった。
だけど僕は納得出来ない。いや、そもそも出来るはずがない。脳内が混乱して何もわからなくなった僕は、半ば狂乱の状態で眼蛇夢へと縋り付いた。泣き叫ぶ僕を宥めるように眼蛇夢は首元を覆うマフラーを僕の首へ巻くと、覇王の威厳なんて欠片も感じられない慈愛に満ちた声で囁く。

「……貴様はこの俺様が唯一寵愛した女だ。俺様の許可なく死ぬ事なぞ許さん」

そして自分を掴んでいる僕の手を外して優しく握ったかと思えば、眼蛇夢はそのまま僕から遠ざかる。

「やだ、やだよ!僕を置いてかないで!眼蛇夢!」

眼蛇夢に離されて尚縋りつこうとする僕を、日向と九頭竜が後ろから押さえつけている。このまま離れようとしなければモノクマへの反逆だと見なされ、僕もお仕置きを受けることになるからだろう。そんなもの別に構わない。腕を精一杯伸ばして無理矢理にでも眼蛇夢を掴もうとしたが、伸ばした腕は空を切っただけで叶うことはなかった。
そして目の前で執り行われる、断罪の儀。

「いやああああああ!!」

大粒の涙をぼろぼろと流した自分が悲鳴を上げるのと同時に目の前が真っ暗になり、がばりと跳ねるように飛び起きる。

「っ!?」

視界に入るのは、伸ばされた僕の腕。荒い呼吸を正すことなくその腕で自分の胸のあたりを掴むと、呼吸と連動しているのか心臓が早鐘を打っているのがわかった。気付いていなかったが目からは涙が溢れていて、俯いた拍子にシーツへ零れて色を変える。

「……また、いつもの、かぁ」

ジャバウォック島での修学旅行が始まってからというもの、僕は何日かに一度くらいのペースで夢を見ている。……いや、夢というのは少し違うかもしれない。寧ろ鍵をかけて仕舞っていた記憶がどろどろと表へ滲み出ているような、そんな感じだろうか。
何しろ登場人物の全員がこの修学旅行の参加者で、しかも夢の舞台は毎回僕が今いるジャバウォック島の何処かだ。そして見る内容がいちいち惨たらしい。皆が誰かを殺したり逆に殺されたりしているんだ。こんな光景、身に覚えがないのに心のどこかが"思い出せ"と叫んでいる。これはきっと僕の記憶だろう。前世というか、多分、ゲームで2週目とか言われるような、そんな類の。
ちらりと窓の外を見やると、まだそこは真っ暗闇だった。

「……」

珍しく月明かりすら無い、どこまでも底無しの真っ暗闇。先程見た眠りの世界での光景を思い出し、同時に恐怖に襲われ、柄にもなくぞくりと打ち震えた。

田中眼蛇夢という男が、僕を置いて死んでしまう光景。

初めて見たそれは、僕の心を死に叩き落とさんとするには十分過ぎる程だった。

今迄に何度か誰かが死ぬ光景は見てきたけれど、その中でも圧倒的な破壊力で、ただ"見た"だけなのに鋭利なナイフでざっくりと切り裂かれたかのように、心が痛く、苦しい。
このまま世界から眼蛇夢がいなくなってしまうのではないか、なんて働かない頭で考えてしまった僕は着の身着のままコテージから飛び出した。
辿り着いた先は、彼のコテージ。ほぼほぼ反射的に飛び出してきたお陰でろくに考えていなかったが、今は夜中で皆寝静まっている。

「……寝てるだろう、けど……」

一抹の希望を抱き、扉を決められたリズムで叩く。以前眼蛇夢から直接教えられた叩き方なので起きていれば僕だと気付くけれど、今は夜中。気付く可能性なぞ無に等しい。
辺りに響くのは水がせせらぐ音。ただそれだけ。

「……まぁ、だよねぇ」

自嘲気味に呟いて踵を返そうとすると、唐突に扉を開ける音が自然の音に混じった。

「……え?」
「……やはり貴様か、鬼龍院」

開けられた扉から出てきたコテージの主。時間も時間だからまさか起きてくるなんて予想外で、自分がひどい格好で立っている事に気付いた恥ずかしさも相まって思わず固まってしまう。
眼蛇夢は石像の如く動かない僕に呆れた様子で、それでいて何処か優しい言葉を投げる。

「まったく。俺様が魔力の補充を終える刻限を迎えぬまでに、この領域に足を踏み入れようとするその行為。貴様でなければ地獄の業火に焼かれるのは必至だぞ」
「う……ごめん……」
「……まぁいい、貴様は俺様にとって根源とも言える特異点だ。入るのを許可する」
「……えへ、ありがと、お邪魔するねぇ」

眼蛇夢にやんわりと腕を掴まれてコテージへ入った……のはいいけれど、ここで2度目の予想外に襲われる。
僕の腕を掴んでいる覇王様はそのまま僕を部屋のベッドへと引き摺り込み、そして抱き枕の如く正面から抱き締める。

「ん!?」

僕が驚きで少しバタついたのを尻目に眼蛇夢は腕の力を強めると、心地よいテノールが鼓膜を震わせる。

「鬼龍院。貴様が何を考え、何を思うかなぞ、覇王たる俺様にとっては些末な事項だ。……だが、原初の特異点である貴様が世界の闇に飲み込まれんとしているのを黙って眺めているなど、それこそ愚の骨頂。特別に覇王たる俺様が守護してやろうではないか」

そう言って眼蛇夢は再度眠りの世界へと入った。今の言葉だけど、きっとこの覇王様は僕の事を心配してくれているのだろう。今の今まで忘れていたけれど僕の顔面は涙の跡でぐちゃぐちゃで、酷い有様なのだ。多少自惚れはあるけど、この優しさの塊の様な男が僕のそれを見て何も思わない筈はない。

「……ふふ」

眼蛇夢の優しさを一身に受けて何だかとても嬉しさが込み上げて、思わず締まりの無い顔を表に出してしまったが今は誰も、それこそ月すらも見ていないのだからいいだろう。
自分の腕を大きな背中へと回すと、いつもの学ランと長いマフラーとは違って薄いタンクトップに覆われているだけの状態なお陰で、氷の覇王らしからぬあたたかな体温に触れることが出来た。その温度はまるで眼蛇夢が内に秘めている優しさに僕が全身くまなく包み込まれている様で、さっき見た光景なんてまるっきりの虚構だと思えた。
眼蛇夢の体温が、じわじわと僕の意識までをも侵食する。
段々と、意識が遠くなっていく。

「……ありがとう、眼蛇夢」

こんなにあたたかいのに、君がいなくなるわけないよね。

「……例え此所が電子の海で、全ての絶望が蔓延する世界であったとしても……鬼龍院、貴様だけは……」

少女が眠りの世界へと誘われたのを確認すると、少女を抱き締める男はおもむろに瞼を開け、微かな声で空間を震わせた。

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