「エス氏って卒業したら実家戻るんだっけ?」 「あー……。まだ決めてない」 いつも通り親友の部屋で寛いでいたところに、突如として部屋の主から爆弾が投下された。 「確か家、苦手だったよね」 冥界の王の様な小声早口のコンボではなく、感情の読めない淡々とした親友の声が背後から届く。まるで何かを確認したいかのように思う。 「……まぁ」 思わず吐き捨てる様な返事になってしまう。 傍流ではあるがドラゴンの血を引くうちの家は、妖精の谷でも名家と呼ばれており、今の当主である父親は谷の中での地位を更に上げようと、日々手もみゴマすり下心丸出しで媚びへつらうことが日課だ。母親も同様に。反吐が出る。 「仲悪いんだね」 言葉を続けるイデアの顔を、どうしてか見ることが出来ない。 「世辞にも良いとは言えないわな」 事ある毎に「マレウス様は」「マレウス様は」と言ってくる父親の顔が脳裏に浮かび、残飯に集る蠅のような鬱陶しさを持つそれを、ふるふると頭から振り払う。 「自分のコンプ拗らせ原因みたいなもんだし」 もっとも、自分が逆立ちしても手が届かないことが原因だけどな。 「あー、じゃあさ、うちくる?」 「は?」 まるでホームランが頭に直撃したようで、素っ頓狂な声が出た。 「アッ、いや迷惑だよねごめん変なこと言いました忘れろください首吊ってくるから」 「あ、いや、違う。本当か?いいのか?」 「え、うん……」 首が捻じ切れそうになりながら振り向けば、私と同じ陰キャ全開の親友の顔が、目に入らなかった。 両手で顔を隠してはいるが、頭の青い炎がゆらゆらと右往左往している。血管が透けるほどになまっ白い顔と同色な筈の耳が朱に染まり、見事な赤と白のコントラストが出来上がっている。 「エス氏がいればオルトも喜ぶし」 ちらと二つのトパーズを覗かせながら、イデアが口を開いた。 「いやそれイデアも喜んでくれよ」 「いや嬉しいに決まってんじゃん」 コンマ数秒のラグもなく返ってきた言葉のせいで、ぐ、と息が詰まる。謎に顔に熱の集まる感覚があるが、気がするだけだ。気の所為。 「じゃあ卒業したら嘆きの島で隠居」 「研究とオルトの整備は手伝ってよね」 「任されましたー」 二人してゲラゲラと笑う。私に絡みついた茨が少しだけ緩んだ。 一緒にいられる限りは、君が私の安息の地だ。 prev top next ×
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