15/09/26/Sat
うららかな休日の午後。お気に入りの喫茶店でお気に入りの席に座りお気に入りの本を読む。アンティーク調にシックにまとめられた店内はとても居心地の良さを覚える。忙しい日々の中にもたらした至福の時間だ。ちらほらといる客もきっと同じことだろう。各々好きな時間を過ごしている。休日にも関わらず満席ではないが、それがいいのだ。

店内を見回したあと手元にある本に視線を戻す。ページをめくろうとしたとき、コト、と何か音がした。顔を上げると見事にカールした髭を生やした猛獣と目が合った。

「あ、ありがとうございます」

テーブルに置かれたコーヒーカップに気がついてお礼を言うと、猛獣こと喫茶店のマスターが笑った。マスターがトラだということに最初こそ驚いたけれど、妙に馴染んでいるし良い人だから次第にあまり気にしなくなってしまった。ただ今みたいに突然目の前に現れるとやっぱり驚いてしまう。まだ完全には慣れてはいないらしい。あとたまに踊りだすのにも驚くのだが私以外の客は平然としている辺りどうやらいつものことのようだけど、どうして踊るのかは不明だ。テンションが上がることがあったのだろうとは思う、でもやっぱり謎すぎる。
と、マスターがポケットからメモ帳を取り出して何か書き始めた。彼は喋れないようなので筆談でいつも会話をする。

『いつも本を読んでいますが、パソコンはやらないのですか?』
「え、パソコン…ですか?」
『ええ、そうです!』

猛獣の瞳が爛々と輝く。何故か鼻息を荒くしている彼は興奮しているらしい。若干引きつつも、申し訳なさを全面に出して口を開く。

「その…私、電子機器が苦手で。携帯も未だに悪戦苦闘するくらいなので、パソコンは持ってないんですよ…」
『そうですか…』

そう言うとマスターの耳がしゅんと垂れ、あからさまに落ち込んでいるような表情を浮かべる。彼はパソコンが好きなのか、知らなかった。そういえば店に来る客はパソコンを弄っている人が多い気がする。自然と集まるのだろうか。すみません、と謝るとマスターがいきなり私の手を取って握った。瞳は、再び輝きを取り戻している。

『これを機に買いましょう、パソコンを!克服するんですよ!』
「え、え?」
『パソコンは良いですよ、人類が発明した素晴らしい文明の機器です。何でもできて便利ですよ!』

片手で器用にすらすらとメモ帳にパソコンがいかに素晴らしいか書き記していくマスター。彼の気迫に圧倒され、困惑している私は何も言えず。魅力を語り(書き)尽くしたマスターは顔をおもむろに上げ、私の手をゆっくりとした動作で両手で包み込む。ちらっと見えた彼の尻尾が何故かハートの形になっているのに気がついて。

『私が手取り足取り教えてあげます』

そうメモ帳に書かれていた言葉に驚いて顔を上げれば、彼はゆるやかに微笑んでいた。