My last 改稿版
春嵐に告ぐ 4-

『未知との遭遇』

1

 澪が高専の一員となり九月を迎えたある日の事だ。珍しく在校生が皆校庭で鍛錬に励んでいる。夏の繁忙期が落ち着いた頃合いだが、やけに二年生と三年生は気合が入っているように感じられた。
「真希先輩。なんだかいつにも増して皆さん熱心な気がするのですが」
「ああ。そろそろ交流会があるからな」
「交流会……とは?」

 聞けば今月、姉妹校交流会があるのだという。東京、京都の学生同士で競い合う毎年の恒例行事との事だ。原則として一年生から三年生までの各校六名ずつを選出して参加する。開催地は前年の勝利校で、今回は東京に京都校の学生がやってくる。
 澪はほんの一瞬、憲紀を遠巻きに見られるかも知れないと期待を抱いた。しかし彼は現在四年生だ。昨年で参加可能期間が終了してしまっている。少々肩を落とした。
 だが、ふと京都を離れる前に憲紀から聞いていた学生生活の話を思い出して背筋を伸ばす。

「……はっ。と、ということは……!! 真依さんがいらっしゃるのですか!?」
「何だオマエ、真依知ってんのか」
「はい! 実は憲紀から京都校の方のお話は少しだけ伺っていたのです」
「へー。じゃ、真依が私の双子の妹って事も知ってるか?」
「え!?」
 思わず澪は目を丸くして悪戯っぽく笑う真希の双眸を見返した。御三家は総じて血縁者が多い。東京に来て真希と知り合っても、近くて従姉妹同士に当たる間柄だろうと考えていた。まさか最も近縁だとは予想もしていなかった。青天の霹靂である。
 途端に澪も交流会に向けて熱意を帯びた気概が湧き立った。戦力外である彼女は今年の交流会には参加出来ないが、見学なら許されるとの事なので、彼女は彼女なりの目的を持って来たる交流会の日を待つのであった。

2

 残暑のまだ厳しい季節の中、迎えた姉妹校交流会一日目。
 東京校の面々は各校のミーティング場所への分かれ道のある登り階段の先で集合していた。定刻間近になり、階下から京都校の面々が現れる。

「今年も同じ場所でお出迎えって。相変わらず気色悪い人達ね」
 東京校の学生を見遣り、嘲笑を浮かべた短めの黒髪の少女が開口一番そう告げる。すると対抗するように野薔薇が企みの笑みを見せた。
「そうやって余裕こいてんのも今の内よ」
「どうかし……」
 二人が火花を散らすのを遮るように、野薔薇の背後より突然人影が新たに現れた。それは標的を定めた弾丸のように瞬足で少女の眼前に立ちはだかる。言わずもがな、突然姿を現したのは澪である。

「……何か言いたそうね」
 見下すように相対する双眸を眺める黒髪の少女だったが、澪は目にも止まらぬ速さで彼女の手を両の手で包み込んだ。そして見せたのは朗らかな微笑である。

「初めまして。私、白主澪と申します。会いたかったです。真依さん」
「……はぁ? 馴れ馴れしく触らないでくれる?」
 眉をひそめた彼女は握られた手を振り解こうとするが、そもそも微動もしない。小柄な体格の割に力強く、その上全く真依から視線を外さない瞳は友好的に輝いている。

「実は私、ずっと真依さんにお会いしたいと思っていたんです。憲紀から貴女のお話は伺っていましたので」
「憲紀……? どうせしょうもない悪口でしょ」
「いいえ! そんな事ありません! そのお話を聞いて私、可愛い方なんだなぁって思ったんです」
「…………何、その話って」
「茨城をいばらぎと読む方だと」
「……加茂家絡みの奴らってどいつもこいつも本当に腹立つわね」
 眉根に寄った皺をさらに深くして、真依は静かな苛立ちを露わにした。
「もういいかげん離してくれる? 気持ち悪いんだけど」
「真依さんって、傍で見れば見るほどお美しいですね」

 全く会話が成立していない。澪は話の腰を真っ二つに叩き折り、おまけに唐突に手を離したかと思えば腕に手を添えながらゆるりと身を寄せ覗き込むように見つめる。
「は……? ちょ……っと、近い……!」
「真希先輩にとてもよく似ていらして麗しい……」
「アンタ本当は喧嘩売ってんでしょ!」
「怖がらないで下さい。私はただ真依さんと仲良くなりたいだけなのです……」
 至極自然な動作で澪は囁きながら真依を腕に抱いた。次いで肩口に頬を寄せる。
「やだ、……離れなさいよっ」

 真依は腕を掴んでみたり、頭を押し退けたりと試みているが、澪はびくともしない。
 他の京都校の学生の方を見ながら、焦った様子で声を張る。
「見てないでこの変態剥がしてっ」
「ごめん、真依……怖い……」
 真依に視線を向けられる鮮やかな青い髪色の少女は、小声に言いながら関わりたくなさそうに目を逸らした。
 しかしその直後、呆気なく澪の体を真依から離れていく。その背後には真希が立っている。
 真希に服の背を片手で無造作に掴まれ、軽々と持ち上げられていたのだった。掲げられながら澪は切なげな面持ちで真依に手を伸ばしたが、彼女は警戒しながら一歩引いて遠のいた。

「澪。勝手に前に出んなって言ったろ」
「申し訳ありません……」
「悪かったな、真依。こいつ本当に仲良くなりたいだけだから」
 真依は目を見張りながら、二、三度の瞬きの後、面映そうに視線を逸らす。
「……もういいわよ」
「はっ……! そうです、折角三人揃ったので写真撮りませんか!?」
「撮らねぇよ」
「撮らないわよ」
「わあ……っ。最高のステレオですねぇ……」
 声を重ねた姉妹の声に頬に手を添えながら澪は恍惚の表情を見せる。二人揃ってため息をついた。

 そんな京都校で勃発した小さな騒動を二年生達は遠巻きに眺めており、その内の一人、野薔薇は満足そうに頷いていた。
「よし。澪強襲で京都校への精神攻撃はばっちりね」
「……これを見越して白主を連れて来たのか」
 呆れた声音で恵が問うと、彼女は親指を立てて爽やかに笑う。
「当然、これも戦略よ。でもここまで澪に振り回されてくれるなら、今回参戦させるのもアリね」
「せこ……」
「あ?」
 やや一触即発気味の野薔薇と恵に並ぶ悠仁の隣に、いつの間にか新たにもう一人、体格の逞しい学生が並んだ。
「中々熱い一年が入ったようだな。俺とブラザーとの間で滾る情熱には及ばんが」
「えっ、東堂……何でいんの……」

3

 頭数合わせ、またはよほどの実力者でなければ、交流会に一年生が参加することは稀だ。しかし今回の交流会では、野薔薇の提案により飛び道具扱いで澪の参加が急遽組まれることとなった。
 彼女をどう扱い、どう動かすかが肝となる交流会前のミーティング。しかし定刻となっても当人が陣営に現れない。野薔薇は所在さえ知れない状況に苛立っていた。

「電話も出ないしどこで何してんのよ」
「まーまー。まだ五分の遅刻なんだしその内来るでしょ」
「甘やかすな!」
 悠仁が彼女を宥めるために手振りで平常心を促そうとするも、容赦ない語気とひと睨みで身を縮こめる羽目になった。

「そういや、さっき悟と話してんのは見かけたな。一緒にいるんじゃないか?」
「案外必勝法をこっそり教わってたりしてな」
 真希の一言にパンダは呑気な声で返すものの、野薔薇の表情は変わらず険しいままだ。
「仕方ねぇな。一旦澪絡みの作戦は後回しにして、代替案のパターンの再確認をするか」
「しゃけしゃけ」
 とりわけ澪の自由さを気にせず前向きな真希の一言に、一同は首を縦に振る。しかし相変わらず一名は不満そうな表情だ。
「真希さん。私から提案しておいて申し訳ないんだけど、やっぱ乙骨先輩召集できません?」
 学生の中で唯一の特級術師である乙骨憂太は、京都の面々と合流する場までは参加の予定で高専にいた。しかし、突然遠方での任務要請が入り、返答に迷っていたところ、野薔薇が澪の参加を提案したことで任務へと送り出したのだった。
 彼が高専を出てから一時間以上が経過している。真希は宥めるように息をついた。
「いや、無茶言うなよ。多分今ごろ駅に着いて新幹線に乗るかどうかってところだろ」
「ダメか……」
「釘崎、なんか今日はやけにイライラしてんな。寝不足?」
「あ? 悪いか?」
「ええ……なんで俺だけそんな扱い……?」
 野薔薇と悠仁の会話の傍、恵は澪の遅刻を全く気にする様子もなく、少し離れた場所に腰を下ろして傍観している。そんな折であった。

「大変お待たせ致しました!!」
 高らかな声と共に現れたのは、頭から足元までを白い防護服に包みんだ完全防備の容貌であった。目元だけ透明のプラスチックがはめ込まれているので、そこだけでどうにかその人物が白主澪であることが判別出来る。

「害虫駆除の業者かよ」
「いや、つーか何その格好」
「これは虫対策です! 五条先生が用意してくれました!」
「…………虫?」
「はい。団体戦は森の中で行われるではないですか。森なんて正に虫の巣窟。皆さんご存知の通り、私は虫が大の苦手なのでこれで挑みます!」
「うるせぇ! 脱げオラァ!!」
 怒りを纏う野薔薇は徐にヘルメットを鷲掴んで強引に外そうと引っ張った。それを慌てて澪は押さえ込んで抵抗する。
「ああー! 野薔薇先輩っ、やめて下さい!」
「あんた勝つ気あんの!? っていうか見た目が暑苦しすぎんのよ!」
「釘崎一旦落ち着けって!」

 恵は三人の悶着を一瞥し、やはり我関せずと窓際に目を背けたが、渋々真希が仲裁に入ったことで一旦野薔薇の手から解放された澪が助けを求めるように駆け寄って来た。

「ひえぇ……恵先輩っ……!」
 彼の背中に回って隠れるように澪が寄り添う。結果恵はかなり不本意な事に野薔薇と澪の間に挟まれてしまった。
 これでは小競り合いに否が応でも参加せざるを得ない。
 ついでに野薔薇が言っていた通り、確かに澪の姿は暑苦しい。
 正直どちらでも良いが強いて言えば防護服を脱いだ上で参加した方が無難だろうと判断した恵は、渋々ながらますは野薔薇を落ち着かせようと彼女に問いかけた。
 五分程度の遅刻も突拍子のない服装も、普段の野薔薇ならば多少文句は言ってもこれ程怒り狂う事はない。なにか情緒を乱す原因があるはずだ。

「釘崎は何でそんなにキレてんだ」
「アンタ達はわかんないかも知れないけど、澪の虫嫌いは流石に異常よ!」
 改めて事情を聞けば、どうやら夏場から溜まりに溜まった鬱憤がここへ来て爆発した模様だった。彼女のストレスを倍増させていた原因は、言わずもがな。澪の過剰な虫嫌いである。
「部屋に虫が入って来たってしょっちゅう夜中に叩き起こされんのよ。大概こんなチリみたいな虫で!」

「そういえば……」
 野薔薇に同調するようにパンダが口を開く。
「先週蝶が目の前横切っただけで恵に飛び付いてたよな」
「あ。昨日は蜻蛉が追いかけて来るって叫びながらグラウンド爆走してた」
「すじこ」
 すかさず狗巻が携帯の画面を一同に向けて見せると、そこから「誰かー!」と叫びながら走る澪の映像と爆笑する動画の撮影者の声が流れた。
「おお、それそれ! 悟が撮ってたやつ」

 次々と澪の虫に対する拒否反応の様子が吐露される。急いで立ち上がった澪は、携帯の画面を遮るように両手を広げて制止した。
「一致団結して私の痴態共有をしないで頂けます!?」

4

「そんなに虫が苦手ってことはさ。高専に来る前は家族を毎回叩き起こしてたの?」
 悠仁の問いに澪は首を振る。
「いえそれが、東京に来てからなんです。虫を見かけるようになったのは」
 にわかにその場の全員は目を丸くした。
「京都では、何処へ行っても一切虫をこの目で見たことが無かったんです。実は初日から五条先生にご迷惑をかけてしまったので、我慢していたのですが……ついつい野薔薇先輩には甘えてしまって」
「ちょっと待って。今まで昆虫を図鑑とか映像でしか知らなかったってこと?」
 野薔薇の問いに澪は首肯する。
「なので、東京の郊外はこんなにも虫が多いなんて知らず……本当に怖いんです」

「いや。ていうか虫を一度も見たことないって、そんなことってあり得んの?」
 悠仁が問いかけるが皆緩く首を振って返す。一方恵は口元に手を当てて何かを思案している様子で反応をしなかった。しかしわずかな沈黙を経て、彼は口を開く。

「……白主家は結界術に長けてるんだったな」
 尋ねられ、澪は嬉々としてその目を輝かせた。
「はい! 特に父様の術式は歴代でも卓抜しています!」
「……なんで急に結界術の話?」
「いつだったか、五条先生が言ってたんだよ。白主の父親は引くレベルで娘を溺愛してるって」
「え。…………いや、でもまさかそれは」

 その場の全員が恵の言葉に同じ憶測を脳裏に浮かべたが、流石にそれはないだろうという面持ちで澪を見遣る。しかし澪がやたらと父親を尊敬する発言や表情が幾つも想起されて、意見は満場で一致する。

「…………有り得るかもしんない」

 彼らが至った考察は、澪の父親である白主嘉月が、娘を溺愛する余り常に結界を澪の周囲に張っていたのではというものだ。理由は分からないが虫だけを限定して。しかし澪が京都を離れた為に、距離が遠過ぎて掛けられていた結界が解けてしまったのでは、と結論付けられた。……大正解である。

「ってことは、京都ではずっと結界が虫除けスプレーの役割をしてたってことね」
「除けるだけならいいけどな」
 野薔薇は小首を傾げて恵を見遣る。
「電撃殺虫器だとしたら」
 その言葉に場は一瞬で納得したような沈黙に包まれた。
「オマエの親父、なんつーことに術式使ってんだよ……」
 軽い引きを孕んだ視線が澪に集中すると、彼女は身をすくめて肩を落とした。
「そんな…………。父様の優しさの裏に、沢山の虫の犠牲があったなんて……」
「いや、そういう話じゃない」

「……まあそれはそれとして。ねえ澪。もしもだけど、お風呂場で虫が出たらどうすんのよ」
 その問いに、澪は覚悟を決めたような引き締めた面持ちで即答する。
「仮に全裸でも助けを求めてお風呂場から脱出します」
 瞬間、またしても一瞬にしてその場が静謐で覆われた。

「…………。まだ間に合う。せめて人並みに矯正した方が良いな」
 恵の淡々と告げられた一言に、澪以外の全員が頷いた。
 交流会終了後、屋外での遭遇なら取り乱さなくなる程度まで、澪の対昆虫への精神力が鍛えられるのはまた別の話である。

5

 初日の団体戦が開始し、京都校の三年生である禪院真依は単独で行動をしていた。彼女が持つ武器は拳銃。ただし今回は交流戦のためゴム弾を使用している。遠距離での戦法を得意とする彼女は味方と連絡をとりながら隠密行動と後方支援に徹していた。

「真依さん」
 真横から突然発された少女の声に、真依の表情が硬直する。ここは木の上。常に周囲は警戒していたし、何者かが登ってきたり枝に飛び移ってきたら、音や振動などの何かしらの気配を察知できる状態にあった。それなのに、どうやってこんなに近くに来たのか意味がわからない。
 ばっと声の方を見遣ると、そこにいたのは防護服に身を包む異常な姿。思わず彼女は声を上げた。
「はあ!? 誰よあんた!?」
「私です。白主澪です」
(あの変人か……。最悪……! でも、その装備じゃ動きは鈍いはず。とにかく一旦距離を取るしかない)
 すかさず彼女は軽やかに足場を蹴って別の木に飛び移るが、彼女が間合いを引き離して構えるまもなく澪は追いかけてくる。
「なんでその格好で動けんのよっ」
「んふふ……。こんなこともあろうと、実はこの服を着て一ヶ月前からコソ練をしていたのです……」
「しょうもな!」
 後方の澪を警戒しながら真希は素早く移動を繰り返し、地面と木の上を行ったり来たりと撹乱しようとするが、澪の追跡は一向に巻ける気配がない。
(こんなところで足止めくらってる場合じゃないのに、これじゃ仲間に連絡もできやしない!)
 苛立ちを覚えたその途端、移動する視界が一瞬だけ枝葉に遮られ、視界が開けた時には澪の姿も気配も見失ってしまう。
(物音一つしない。……どこから来るつもり? それとも、もう別の場所に移った?)
 上下左右を見渡しながら、真依は周囲へ神経を集中させる。けれどそれを嘲笑うように、彼女の方にぽんと防護服に覆われた手が置かれた。
「ここですよ」
 振り返れば、はめ込みのプラスチックの奥で澪の眼差しが妖しく光っている。真依は澪の身のこなしから理解していた。近接戦では彼女には敵わないと。観念するしかないのかと諦めかけたその時だった。
「あ、わ……ああぁ……」
 明らかに瞳を恐怖に震わせながら、澪はふらふらと真依から離れて後退していく。そして、まるで腰の力でも抜けたかのようにその場にへたり込んでしまった。
「な、なに……?」
「まいさん…………た、っ助けて……っ」
「はあ?」
「むし、虫がっ」
「…………虫?」
 こちらを油断させる演技だろうか。猜疑心が彼女の心を掠めたが、どうも澪の狼狽っぷりは偽物には見えない。先ほどまで生き生きと真依を追いかけていたのに、今は怯えた小動物のようにガタガタと震えているのが哀れに思えてきて、真依はその場を立ち去ることができなくなってしまっていた。

「どこよ」
「ここ、です。ここ……右上……真依さんから見て…………」
 ふるふると澪の指差した位置は防護服の頭の部分。近づいてよく見てみると、透明なプラスチックの部分に小さな蟻が乗っていた。
「え。……これ?」
「そう……そうです……。その虫をどかして……タスケテ……」
「取ってやってもいいけど、アンタの負けでいいわね?」
「まけです……降参しますから……」
 懇願する瞳を嘲るように見下ろしながら、真依は屈み込んで指先で小さな蟻をはらい落とす。すると、緊張が一気に解けた澪は大きなため息をついた。
「ありがとうございます……」
「一ヶ月の無駄なコソ練、ご苦労様でした」
 立ち上がり、ふっと笑いを含んだ皮肉を澪に落とす。しかし、澪は悔しがるでもなく真依の足元にしがみついてきた。
「ああ……真依さん、怖かった……!」
「暑苦しいから来ないで!」
「腰が抜けて……動けないのです……。ここにいたらまた虫に囲まれるかも……お願いです、そばにいて……」
「嫌に決まってんでしょ! ちょっ……アンタなんでそんなに力強いわけ!?」
 足を振ろうが、澪が仰け反るほどに頭を押し返しても、がっちりと回された腕は解ける気配がない。だんだん馬鹿馬鹿しくなってきた真依は、抵抗をやめてしまった。
「…………なんか、アンタといると気が抜けるわ……」

……これぞ、東京校の作戦。澪を使った京都校の後方支援潰しであった。

6

 その後、交流会が終了する頃には、澪はすっかり真依に懐いてしまっていた。真依には全く善意などなかったのだが「怯える自分のそばにずっといてくれた」と勘違いした澪が、真依を優しい人認定してしまったのだ。
 帰る間際になってもあまりにもしつこい澪に根負けし、真依は連絡先を嫌々交換する羽目になった。

「あ、真依さん。憲紀から聞いてくることは恐らく無いとは思いますが、私の連絡先はお伝えなさらないように」
「何それ。お互い知らないの?」
「はい。中学の時は携帯を持っていませんでしたし、私が東京に来てからは話もしていません」
「……実は不仲なんじゃない」
「まさか! 憲紀とは大事な約束があるのです。見違える程私が強くなるまで決して甘えないよう、憲紀断ちをしているのです!」
「年々周りが変人ばっかりになってきて嫌になるわ……」
「いいですか、真依さん! くれぐれも。お願いしますね!」
「嫌。アンタの言うことはもう聞いてやんない」
「ああ! 意地悪っ……でもそういう表情も素敵ですね……」
「…………はあ」