My last 改稿版
願い 13

1

 中学卒業を待たずに家を出てしまった澪であるが、事務室経由で伝わってきた回答によれば、特に卒業には問題がないらしい。無事、澪の寮生活は幕を切った。
 とは言っても先んじて呪術高専の教育を受けることはできない。四月の入学までは自室にて与えられた中学校の教材で勉学に努めるよう言付けられている。まずは中学生として、残りの勉学に勤しむことにした。

 呪術高専の学生達は、学生を名乗ってはいるものの本質は呪術師である。
 常に人手不足である状況も手伝って、主たる責務は勉学のみならず、呪霊の祓除や、調査も含めた日数の掛かる任を受ける事も多々ある。
 特に在学生は皆優秀で、全員が準一級、またはそれ以上の等級なのだそうで、彼らの助力を求める場は繁忙閑散関わらず、次から次へと控えている状態らしい。
 二日が経過した現在も五条は高専に戻ってきておらず、未だに他の上級生と会えていない。朝と昼、それから夕食の時間は野薔薇や悠仁、恵のうちの誰かと食事を共にしていたが、それ以外は基本的に一人で過ごしている。退屈ではないが少し寂しさを感じていた。

 取り巻く背景が複雑であるが故に、今はまだ結界の施された敷地内で大人しくしているのが最も自分にとって安全で、他人にとっても迷惑にならない。
 誰に言われた訳でもなくそれを理解していた澪は、必要がなければ寮の中からも出なかった。

 高専での生活が三日目を迎えた朝。嬉しい知らせが舞い込んできた。早々に制服が出来上がったことだ。
 こんなに早く仕上がるとは思っていなかったので、内心は大喜びだった。わざわざ出向いて届けてくれた事務室の彼女に飛びついて喜びを露わにしたかったが、落ち着いた態度を崩さず礼儀正しく受け取った。
 そして今、一人きりの自室で期待に頬を膨らませながら、澪は制服を広げ身に纏う。

(私の好きなように作った制服……! かっこいい!)
 想定よりも短く仕上がってしまったスカートの裾を揺らしてみたり、自力で見える角度や範囲で確認しながら、ほぼ要望通りに仕立てられた意匠に満悦していた。

「澪、起きてる?」
 何の前触れもなくドア越しから聞こえてきて、澪は飛び跳ねた。その声の主は五条だ。思いもよらない来訪に、彼女は裏返った声を返す。
「は、はい!」
 入り口まで掛けていき、ふと自分の格好を目にして即刻後悔した。今出ていけば、制服が早速出来上がり、一人お披露目会をしてご満悦ですと言っているようなものではないか。
(……あれっ、というか、ここ女子生徒の階層……。ついこの間コンプラがどうとか仰ってませんでした……!?)

 言いたい事や弁解したい事は山程あるが、少しでも躊躇ったり恥じらっては返って羞恥が増す。「ちょっと待って下さい」と言って着替えるのも何かやましいことを隠しているようで気が進まない。
 意を決し、衒いもない表情を拵えて扉を開けた。

「おはようございます」
「おはよう。あ、もう制服出来たんだね。似合ってるよ」
「あ、りがとう……ございます」

 思っていたよりも五条の反応は大袈裟ではなく、良い意味で飄然としていた。まじまじと見据えられたり、茶化されることが無いのは幸いだが、どこか小慣れた褒め方だと漠然と感じた。
 それよりも澪は五条の風貌の違いに目を瞬かせた。今日の彼はサングラスをかけておらず、代わりに髪を上げるような形で黒い布が目に巻かれている。澪は無自覚に口元を不満げに尖らせた。

「ああ。これ? 澪には不評だったかな」
 そう言って五条は目元を覆う布に触れて見せる。
「いえ、不評というか……残念だなぁと思って」
「何が?」
「サングラスなら時々先生の蒼い目が見られるから……、楽しみだったんです」
「……そう。参考にしとくよ」
 実に淡白な返事だった。気を悪くしただろうか、と澪が窺い見ようとすると、ずいと眼前に大きな紙袋が掲げられた。

「遅くなっちゃったけど、洋服と靴とバッグ。適当に見繕ってきたよ」
「は、ぅえ!? ど、どうしてそんなことまで……!」
 袋は全部で五つ。そのどれもが随分と大きい。
「あんまりお金持ってないだろうから、しばらく困ると思って。あ、ちゃんとルームウェアもあるから。他に足りないものがあったら言ってね」
「いえいえいえ、大丈夫です! こんなに沢山あれば十分です!」
「高専生としての生活が始まれば、任務に出て自由に使えるお金が多少は入ってくるから、それまでは我慢してね」
 どうやら彼は余程澪が贅沢な暮らしをしてきていると勘違いしているらしい。あるいは彼自身の金銭感覚が狂っているのかも知れない。
「も、もちろんです! ちゃんとこのお洋服のお金も働いて返します……。ありがとうございます……!」
 嬉しさはもちろんあるが、こんなに施してもらうと返って申し訳なさが増す。
「いいよ返さなくて。入学祝いだと思って受け取ってよ」
「で、ですが……」
「いいんだよ。……あ。学生の時、嘉月さんに色々世話になったんだよね。だからそのお返し」

 紙袋はずっしりと重い。一体何着、そして何足買って来てくれたのか、しかもこの大荷物を持って彼は出張先から帰ってきたのかと思うと、彼の言葉も端緒となって、ふいに父を思い出した。
 父もしばしば長期の仕事から帰ってくると、澪のために両手に抱えきれないほどの土産を持ってきたものだ。土産なんてなくても、澪も家族たちも、父が帰ってきたことだけで嬉しいのに。
「はい……。それなら、大事にしますね」

 郷愁に浸りかけた時、澪は五条にまだ大切なことを伝えていないと気付く。ばっと顔をあげて目を細めた。
「あのっ。……先生、お帰りなさい!」
 すると何のことやらと言わんばかりに五条は首を傾げるが、澪が父を出迎える時と同じように笑って見せると、口元を優しげに綻ばせた。
「ただいま」
 軽く頭の上に手を置かれ、緩く撫でられた。なんだかその心地は父を出迎えた時のような感触で、心が温かくなる。
「出張は大変でしたか? 私のせいで遅刻はしませんでしたか?」
「へーきへーき。万事順調に進んでるから、心配しなくていいよ。それよりさ、ちょっと付いてきて」
「え? は、はい……!」

 彼が贈ってくれた洋服類をすぐに見られないのは残念だが、澪の関心の行き先は五条に着いて行った先に何があるのかにすぐさま向いた。
 初めて会ったその時から澪は五条の行動を予測出来ずに振り回されっぱなしだったのだ。今度は彼が何をもたらしてくれるのか、そんな期待が心中で膨らみ始めていた。

2

 何でも適当と野薔薇が評していた通り、五条は澪に「付いてきて」と言ったまま、要件も告げずに彼女を寮の外へ連れ出した。どこで何をするつもりなのか問うてみたが、至極整った笑顔を見せられるのみで説明してくれない。それが返って澪の心を踊らせた。
 敷地内を少し歩くと校庭が見えてきた。歩みを進めながら、五条は僅かに顔を後ろに向けて告げる。

「部屋に篭りっぱなしじゃ暇でしょ」
「いえ、ちゃんと勉強してますよ!」
「だから、この前の約束を早めに叶えてあげようと思ってさ」
(話を聞いてくれない……)
「かなり身になると思うよ」

「お待たせー」と彼は校庭に向かって声を飛ばす。陽光に煌々と照らされた校庭に一人の少女の姿があった。スポーツウェアに身を包んだその人の立ち姿は、こちらへ背を向けているにも関わらずすらっと伸びる身長も相まって凛々しい。
 高めの位置で結ばれた黒髪が揺れ、振り向いたその容姿に澪は思わず見惚れていた。
 眼鏡越しの切れ長で大きめの目元は涼やかで、女性らしい美しさがある。彼女もまた野薔薇のように芯の強さが窺えて、澪の関心を強く惹きつけた。
 そして内面だけではなく、戦闘面においても相当強いことが窺える。自分では全く歯が立たないと瞬時に認識できるくらい、立ち姿だけで強さが読み取れる武術家だ。

「彼女は禪院真希。澪の二個上の先輩になるね。今の所、呪具使いとして高専じゃ向かう所敵無し、むしろ学生の域を超えたそこそこの術師だって真希には勝てないよ」
「悟、やたらハードル上げんな」
「またまたご謙遜を」
「うぜぇ」
「禪院……?」

 期待に弾んでいた心は突如緊張に収縮した。明らかに優秀な彼女の目に、白主の家出娘である自分は一体どれくらい矮小に映るだろうか、……蔑まれるだろうか。
 禪院の人間かつ彼女ほどの術師ならば、確実に当主や中枢に近しい存在だろう。場合によっては白主家が加茂家とどんな関係なのかも知っているかも知れない。

「大丈夫だよ。彼女は」
 真希に対して萎縮しているのを察したのか、五条は澪の頭に手を置きそっと囁いた。
恐る恐る彼を見上げ、それから真希に視線を向ける。澪は頬が強張っているのを隠すように深々と頭を下げた。
「初めまして、白主澪です」
「ああ、よろしくな、じゃ早速やるか」
「へ?」

 思わず澪は素っ頓狂な声を出して顔を上げる。五条の言う通り、澪の名を聞いても真希は全く態度を変えなかった。それ以上に、この展開に対する大きな疑問が生まれた。
「あの。やる、とは……?」
「手合わせ。オマエがどうしてもって悟に泣きついたんだろ」
……全く記憶にない。それどころか真希の存在を知ったのもつい今しがたである。武術の指南を頼むならともかく、無謀にも挑むつもりなど毛頭ない。
 振り向くと五条はいつの間にやら遠くに下がっていて「澪ちゃんガンバって〜」と女子さながらの挙動で手を振り、あからさまな悪ふざけをしている。
(先生の性格が段々分かってきたかも……)

 真希は任務終わりで戻ってきたばかりにも関わらず呼び付けられ、澪のためにわざわざ時間を割いてくれているらしい。……五条が澪によく聞こえるよう、大きな声でそんな独り言を口にした。
 それを聞いてしまえば、何もせずに真希を帰らせる訳にはいかないだろう。また、立っているだけで気迫を感じる彼女に自分がどれだけ通用するのか、試してみたくて気が逸っていたのも事実である。
 深呼吸を一つして、澪は緊張を孕んだ眼差しで真希を見据える。

「お時間取らせて申し訳ありませんが、お願いします。真希先輩」
「ああ。全力で掛かって来い」

3

 真希の本領は武器を所持した場合に最も発揮されるそうだ。けれど澪が体術を得意とする為、真希が合わせる形となった。
 とはいえ、体術だろうと何だろうと敵う気がしない。武具のみならず、体術の習熟も確実に澪より数段上手だと、構えた瞬間に決着を予期した。
 しかし、相手に怯え無様に転がされるつもりは澪にはない。対等ではないのは十分承知しているので、格下には格下なりの戦い方で、学びを得るのみだ。
 恐らくは相手は澪の型を見定め、機を見て確実に捕らえる方法を取ってくるに違いない。
 予想通り、真希はその場から動く気配がなかった。澪は素早く間合いを詰めながら技を組み立てる。

(……一発目は、バックフィストを拾わせて目眩し。直ちに距離を取り、ラインを逸らしながら指先を見せつつ誘う)

 初手は本来の間合いよりもやや遠方から、相手の目線めがけ、直線的な軌道で拳頭の背部で打ち込む。
 真希は攻撃を避けもせずに弾き落とした。反撃はせず、澪が後退しても追いかけては来ない。
 目眩しは想定通り。次いで構え直した澪は、体の中心を取られないよう足をさばき、正突きを狙う動作を見せる。撹乱と印象付けを狙って見せたが、それでも真希は全く翻弄される気配がない。

(フェイントは読まれている。それなら自己流を混ぜて奇を衒う……)

 再び間合いをつめた澪は、真希の腹部を狙って左足で回し蹴りを放つ。真希が中段を防御する構えを取る初動を見極めた瞬間、澪は一気に腰を捻る。角度を変え裏回しで側頭部を狙った。
 しかし一瞬の内に屈み込んで避けられ、蹴突は彼女の髪さえ掠めることすらなく空振る。
(流石、全部見透かされてる。……でも、まだこっちの手はある)
 悔しさを胸中に滲ませながら、澪は次の手を繰り出す挙動に移った。

 捻った腰を戻す反動で体を旋回させ、真希の真横に移動した。敢えて体勢を崩すようにして相手に背を向け体躯を倒し込む。
……真希は澪の蹴りを避けた中腰の状態からまだ背が伸びきっていない。その上、体の側面を狙われているので対処の幅が限られている。
――今なら、肩に入る!)
 澪は手を地面に付け、片足を胸に引き付け直線の後ろ蹴りを高く放つ。

 だが渾身の一撃すら、真希は背を大きく逸らしてまたしても空蹴りとする。
(そんな体の柔らかさ、ありですか!?)
 避けられただけに留まらず、瞬時に引き戻そうとしていた澪の足首は真希に掴まれ、そこから微動もできなくなった。
(なんて力……、動けない……!)

 奥歯を噛み締め、澪は手合わせの終わりを覚る。もしもこれが実践なら、きっと彼女に足首を折られるか、本気の握力で肉ごと引き裂かれていたかも知れない。
 真希は反撃を仕掛けて来ない。それどころか手を開いて澪を解放する。
 すかさず足を引き戻して間合いを取り直したが、真希は交戦的な笑みを浮かべつつも構えを解く。

「面白れぇ。そのコンビネーションは自己流か」
「はい。各流派の技や型を自分の身体に合わせて組み合わせてみました」
 澪は彼女と同じく攻撃態勢を止めて答えたが、頭の中は未だ臨戦体制だ。次はどのような技の組み合わせと手数で相手の戦う気を煽ろうかという思案が大半を占めている。

「……それはそれとして」
 ふと、真希は意欲を萎めたように半眼気味の面持ちを見せる。
「どうしました?」
「丸見えだったけど、いいのか」
 向けられた視線を辿り、澪は何のことかと疑問を抱きつつ己の服を見遣る。
「………………。はっ……!」

 澪のスカートの丈は太もものかなり高い位置がなんとか隠れる程度の長さしかない。恐らく軽く屈んだだけでも下着がしっかりと見えてしまう。足技なんて使おうものなら真希の言葉の通り丸見えだ。

 澪の羞恥の判断基準がかなり中途半端である。恥ずかしいという感情を抱かない訳ではないし、進んで露出を好む特殊な性癖は持ち合わせてはいない。だが己の下着や素肌が他人に見られたからと言って、こちらに実害がなければ何も問題はないだろうという、常人には理解し難い観念を持っている。
 幼少の頃からの理解者である憲紀が、含羞とは何たるやを澪に自覚させようと、かなり遠回しに度々窘めてはいたが、その努力は実らずここまで来てしまったという次第だ。

「いや気付けよ。そもそも制服作る前に」
「お見苦しかったのなら申し訳ありません。中学では校則が厳しくて常に膝下でしたから、短いスカートの制服が憧れだったんです!」
 眉尻を下げてはにかむと、真希は呆れたような溜息を一つついた。
「見苦しいとかじゃねぇけど……。せめて何か履けよ」
「え? ……履く、とは。厚手のタイツとかですか……?」
 何やら唐突に難解な謎を投げかけられた、と澪は顎に手を当てて考察を始める。
「…………。仕方ねーな。買い出しにでも行くか。いいよな、悟」
 真希が五条に目を向けると「うん、いいよ。任せた」と軽い返事が帰ってくる。
 それを見た澪は目を大きく開いて、尻尾を振り乱す子犬のように真希の腕にしがみついて喜びを露わにした。

「お出掛けですか? 何だか分かりませんが、お願いします!」
「くっつくな。……で。続けたいならさっさと着替えて来い」
 真希が言うや、いつの間にか二人そばに来ていた五条が思い出したかのように呟く。
「あー。ジャージ買ってくるの忘れてた」
「……着替えが無いなら今日はここまでだな」
「えっ! 折角盛り上がってきたのに、そんなご無体な!」

 澪はしがみ付いたまま真希から離れず、むしろ縋るようにして懇願の目を向けた。続いて助勢の如く五条も澪の主張に賛同する。
「本人気にしてないし、そのままやれば良いじゃん」
「うるせぇ。お前らが良くてもこっちの気が散るんだよ」

 結局あしらわれてしまったが、澪は素直に胸に抱える腕を解放した。
「明日なら時間取れるから、迎えに行く」
「はい、いつまでもお待ちしています!」

 東京には生まれて初めてやってきたものの、当然ながら高専に向かうまでの道中、観光をする余裕は一切なかった。駅や街並み等の景色さえも堪能出来ずじまいで、記憶に殆ど残っていない。
 心置きなく新天地を踏み締められると思うと、今から彼女の胸は躍りだす。
 そして何より嬉しいのは、真希も野薔薇と同じように澪が人受けの良い態度を取り繕わずとも優しく接してくれることだった。友人とは少し異なる存在かも知れないが、澪の本心を受け止めてくれる存在に変わりはない。
 中学卒業までの時間が少しばかり退屈でも、何一つ憂う事はなさそうだ。これから始まる学生生活に対しての希望を膨らませながら、大きく手を振りながら真希の背を見送った。

4

「楽しかった?」
「はい! 先生、ありがとうございます! まさか、あんなに凄い方がいらっしゃるなんて。東京校に来て、本当に良かったです」
 五条の無茶振りをすっかり忘れ、澪は彼女との手合わせの余韻を噛み締め、やや興奮気味に答えた。
「でしょ? でも真希は今、準一級への昇給が保留中なんだよね」
「…………冗談ですよね?」
 高まる気分が一気に低空飛行に変わる。あれだけの実力者が二級でおさまる訳がない。自分の世界が狭いだけなのかと一瞬混乱する澪だったが、そんなことはないと首を振る。
(だって、私の武術の先生は、皆準一級以上の術師だった……。手合わせして確信した。真希先輩は先生方を超える武の達人だ……それなのに、保留って……?)

「真希は術式を持っていない。それに、呪術が使えず肉眼で呪霊を認識することができないから。だってさ」
「たったそれだけの理由で、昇級を保留にされるのですか!?」
「そう。たったそれだけの理由で。これでも認められてる方だよ。一年前までは四級だったのが飛び級でここまで上がってきたんだから」

 真希の昇級保留には禪院家だけではなく、総監部も介入していると見て間違いはない、と五条は言う。
 澪は呪術界の腐敗を感じた。排他的で時代遅れの偏見。それが呪術師の生きる世界全体に浸透しているのだ。
 現在の呪術界の秩序に苦しんでいる人はもっと沢山いるのかも知れない。

「それでも、真希は禪院家の当主を目指してるんだってさ」
「……! なんと、格好いい……!!」
 自分と近しい境遇……、それ以上に過酷な環境の中でも折れず、信念を持ち、努力する者がいる。憲紀のように、己の境遇に嘆くことなく奮起する人の存在は、澪の鼓動を高鳴らせた。

(憲紀に、真希先輩、私も……二人に追いつけるように頑張りたい。そして、加茂家と白主家だけじゃなくて、呪術界全体を変えられるようになりたい……。まだまだやらなければならないことも、やりたいことも沢山だ……!)

 深く息を吸い、強く拳を握りしめ、澪は改めて己の目的に突き進む意欲を高めた。
 一時の穏やかな時を超え四月を迎えれば、いよいよ澪の長いようで短い苦楽数多の日々が始まる。
 彼女はまだ知らない。この学生生活で己の将来を大きく変える転機が待ち受けていることを。