BOAT ×××× MEMORIAL
十二月二十四日、正午。
私は家で鼻歌交じりにクリスマスツリーの飾り付けをしていた。今日明日は甚爾さんと家でゆっくり過ごしたいが為に、堅実に働いてますアピールとして今月は連日連戦を繰り返してきたので、随分際の準備になってしまった。
しかし、やはり一つでも季節の飾りがあるのとないのとでは、室内の雰囲気が随分変わるものだと、心緒は高揚していた。
甚爾さんはいつも通りソファーで横になりながら遠巻きに私を眺めている。その目は明らかに冷めていて、信仰心もないくせに何をこの女は張り切っているのか。だなんて思っているのだろう。
仏教徒だろうとなんだろうと楽しみたいものは楽しみたい。彼には共同作業として、最後の重要な仕事である木のてっぺんに星を掲げる作業をやらせるつもりだ。
目論見を胸に心持ちを温めていると、家の中の気配が一つ増えた。それを知覚した途端にリビングの扉が開け放たれ、思わずそちらを見遣った。
「こんにちはー五条サンタでーす」
「帰れ」
甚爾さんは突然の来訪に少しの驚きもなく、また一瞥もくれず、私の方を向いたまま淡々と言い捨てた。
流石甚爾さん。きっと私よりも早く五条先生が来ている気配を感じ取っていたのだろう。
「安心していいよ、すぐ帰るから。僕だってキリスト教徒でもない癖に性なる白濁クリスマスキメようとしてる浮かれた二人に関わりたくないし」
勝手にやって来ておきながらものすごい貶しっぷりだ。
そういう面は五条先生も流石です。今後の参考にさせてもらいましょう。ところで一体どうやってセキュリティを抜けた上にドアの鍵まで開けたのだろう……。
それはさて置き、冒頭自ら「サンタ」と名乗っておきながら五条先生の服装は普段通りで、特に手荷物も無い。明らかに別の予定のついでに思い付き立ち寄ったに違いない。
恐らくは甚爾さんへのちょっとした嫌がらせで。
「先生、何か飲んでいきますか?」
「澪」
五条先生の傍へ近寄っていく私に、甚爾さんは眉を顰めて、もてなす必要はないと制止の声を低く放つ。
「まあまあ甚爾さん。寒い中折角来て下さったんですし」
「優しくてよく出来た奥さんでいいねぇ。甚爾サン?」
そう言いながら、五条先生は私の頭に軽く手を置いて少し雑に撫でる。
「ありがとね、澪。でも顔出しに寄っただけだから」
「そうですか。……こんな日ですから、先生ならこの後予定がありそうですもんね」
少し茶化すように五条先生の面持ちを見上げると、先生の口元は不敵に形取られ、肯定を思わせる反応を示した。
「オマエも大概、浮かれてる連中と対して変わらねぇって事かよ」
「僕は今日という日を楽しみにしている人へ最高の夜を贈りたいだけさ」
「物は言いようだな」
甚爾さんが小さく言った皮肉を、先生は全く聞こえていない振りをして「じゃあそういう事で」と私たちに手を振り踵を返す。
扉を閉めかけた時、先生は徐に顔だけ覗かせて笑顔と共に一言告げる。
「張り切りすぎて澪ちゃんの事、壊さないようにね」
「とっとと行け」
◆◇◆◇
先生が立ち去った後、仕上げの途中だったツリーの飾りつけを再開しようとすると、鉢に何かが立てかけてあるのが目に入った。
クリスマスらしい色合いの、書籍程の大きさの紙袋だ。手に取ると思いのほか軽いので本ではなさそうだった。
プラスチック製だろうか、硬くてそこまで厚みのない箱のようなものが入っている。振ってみても音はしない。
「甚爾さん。これ、なんでしょう?」
私は拾い上げて、ソファーに向かうと、甚爾さんは気怠そうに起き上がって私を見た。隣に座って手渡そうと紙袋を見せたが、間髪入れずに言われたのは「捨てろ」の一言だった。
「え。何が入っているか分かるんですか?」
「アイツが置いてったんだよ。どうせロクなもんじゃねぇ」
一体あの短い時間でいつの間に、と疑問が生まれるものの、五条先生だから。と思えば妙に納得できる。次いでにロクなものじゃないと言う甚爾さんの意見にも同意だ。
「でもちょっと気になるなぁ。甚爾さん。開けてみませんか」
「興味ねぇ」
「開けて開けて。ね、甚爾さん」
煩わしそうに顔を逸らす彼の膝を軽く叩きながら袋を差し出すと、私の言葉が運良くその反抗を無効にした。
紙袋を受け取った甚爾さんは眉根を寄せて不満を露わにする。
「…………。クソが」
「ありがとうございます」
術式の強制命令によって、甚爾さんは袋を開く。私は腕に寄り掛かってその手元を眺めた。すると、袋の中から出てきたのはDVDの箱だった。
しかも新品ではないようで、ビニールの透明な包装が無い。
表紙では競艇用の船の景色を背景に、やけにタイトなレーシングスーツを着た女の人がポーズを決めている。レースを題材にした映画なのだろうか。
しかし、ふとタイトルを見てみるとそこには「BOAT F○CK MEMORIAL」と表されていた。
更に。パッケージには一枚の付箋が張られている、手書きの矢印が女性に向いており、続いて文言が一つ。
「似てない?」と。
甚爾さんの手の内で箱が音を立てて割れた。
(2020/12/24)