さくら、さくら | ナノ





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第二部 15 握りしめた想い

 ――翔流は――。


 軍を率いて北の国境に発った翔流だったが、翔流はこの戦に不穏な気配を感じていた。根拠など何もないがあえていえば軍人の勘だ。嫌な気配は北に近づくほど強くなっていった。

 精鋭が揃う翔流軍を北に引き付け、その間に東、または南からもしも敵が攻め入ってきたら――。

 永きにわたり友好関係にあった珠羽は楓姫の一件からそれを崩し両国の関係は悪化している。万が一、珠羽が北東二国と手を組み同盟軍に三方同時に攻め込まれたら松風の兵力では対抗できない。

 東の国境近くに長く滞在していた翔流は、東国が密かに兵力を強化している気配を感じていた。集落を荒らしていた賊たちは戦に備える東国から目を反らし、攪乱させるための囮ではないかとの懸念があの時から翔流にはあったのだ。だから翔流は砦軍を動かさずに単独で戦っていた。国境を守る兵数を減らすわけにはいかなかったのだ。
 東は機を見て松風に攻め入ってくるつもりだ。北の侵攻は、兵力をつけている東のそれと契機が合いすぎる。もしも両国の同盟がなっていたら、そこにもしも南まで加わっていればこれは松風にとっての一大事。
 翔流は逡巡した末に一万の自軍をふたつに分け一方は予定通り北に向かわせた。そして、翔流を含むもう一方の軍は東を目指したのだ。

 東の国境では駐屯していたわずかな兵が八千の敵兵に囲まれ壊滅寸前に陥っていた。
 駆けつけた翔流の軍は三千。援軍を求めようにも、北はもとより激戦が繰り広げられているし、疾風と、そしてさくらがいる城の本隊は動かせない。八千の兵は三千の翔流軍と千足らずの砦軍のみで撃退させねばならない。

「ひとりが二人を相手にすればよい!」

 翔流軍の精鋭たちは果敢に戦いに挑んだ。北へ向かったはずの翔流の精鋭軍、しかもその大将が進軍を阻んでいることは敵の混乱を招き、激戦ではあったが翔流軍は何とかこれを圧し敵の撃退に成功した。
 だが、敵が体勢を立て直して再び攻め入ってくるまでそれほどの時間の猶予はないだろうし、南の動向も気になる。北は今も激戦中だ。
 満身創痍の翔流軍は体勢と今後の策を立て直すため、一旦城に戻る決断をした。

「翔流から城に戻るとの報せがあったのは一週間前だった」
 松風にとって歓迎できない事態が迫っていること、そして帰ってくる兵を迎えるための準備とで城内は一気に慌ただしくなった。

 一方、城に報せを出した翔流は、軍を先に戻らせ、単身で東の集落に向かった。以前、賊を討伐するために半年以上滞在していた村だ。さくらを連れて城に戻る際、私物のほとんどを小屋に置き去りにしてきたが、どうしても手元に取り戻したいものがあった。すぐに追いつくからと言い残し、翔流は軍と別れた。

 だが、ひとり集落に向かう翔流を偶々なのか、見つけた者がいた。翔流に深い恨みを持つその者は、密かに翔流の後を追った。

 そして。

 さくらと暮らした懐かしい小屋の中で“それ”を手にし、押し寄せた思い出にふと気を抜いた瞬間を翔流は襲われた。背後から斬りかかられ、剣を抜いて応戦しようとするが、手にしていた“それ”が一瞬、翔流の動きを鈍らせてしまったのだ。

「今朝、翔流の軍が城に戻った。だが翔流は…」

 なかなか軍に追いついてこない翔流を案じた兵士が集落に戻って、無残な亡骸となった翔流を発見したという。兵士は死しても尚、翔流の手がしっかりと握りしめていた物と翔流の亡骸を連れて今朝方城に戻って来た。

 ――そ…んな…っ。

 さくらは無意識に両耳を塞ぎながらゆるゆると首を左右に振る。
「あの小屋で…、翔流が死んだなんて…、そんなの…嘘よ!」
 半年の間翔流とともに暮らした小屋は板張りで質素ではあったが、優しさと愛しさに溢れていた空間だった。あの愛しい場所で、翔流は誰に襲われて命を落としたというのだ。
「疾風は嘘を言っているのよ…!」
「………」
 さくらは疾風の体を伝いながら床に崩れ折れた。
「どうして小屋になんて戻ったの…?誰が、翔流を殺したの…!?」
 おそらくは東の集落を荒らしていた賊の残党だと、翔流の亡骸を見つけた兵士からは報告があったという。
「そんな…、」
 過酷な戦を生き抜いて、たったひとりの賊に斬られてしまったというのか。
「翔流…、どうして…!」
「歪められた定めはいずれ元に戻る…。翔流殿もしかり…」
 神官が静かに口にする。
「歪められた定め…?私と出逢って翔流の何が歪んだんですか!?出逢わなければ、翔流は死ななかったの…っ?」
 さくらは床に両手を激しく打ち付けながら泣き叫ぶ。神官はただ黙って首を横に振った。
「信じない…!翔流に会わせて…!翔流に…っ、かける…!」
 悲しみに打ちひしがれ翔流を呼ぶさくらの声が、昏い部屋の中に悲しく響き渡る。泣き崩れるさくらを見つめ唇をかみしめていた疾風だが、やがて冷徹な瞳を蘇らせて、やや乱暴にさくらを抱き上げた。
「いいだろう。翔流に…会わせてやろう。現実をその目で確かめることだ」



 城の奥、灯りを落とした広い石造りの部屋で――。

 さくらが半年ぶりに再会したのは、優しい瞳を永遠に閉ざし、温もりを失った体を棺の中に横たえた翔流だったのだ。







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