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「退かないんだな?」

なら仕方ない、と村長は呟き、合図を出した。一斉に火が投げられ、家が燃え始める。

「姫宮!」

雪が叫ぶのとほぼ同時に、姫宮が家から飛び出してきた。

「お母様!」

「姫宮、逃げて!!」

「出て来たぞ!殺せ!」

矢が放たれ、その内の一本が鈍い音を立てて娘の肩に刺さる。姫宮が痛みに顔をしかめ、涙を浮かべて顔を上げると、温かい何かが顔を濡らした。





「お母様…?」





目の前には微笑む母の姿。



真っ赤に染まった母。
その胸元からは、鋭く尖った刀が突出ていた。




「姫…逃げ……」



涙を浮かべて娘の頬を撫で、崩れ落ちる。姫宮は唖然と自分の頬に手を当てる。手には赤い血がこべりついた。









「お母様!!」






倒れた母を揺さぶった、その時。


凄まじい突風が吹き抜けた。村人が掲げる松明の炎も消え、そこにいた全員が目を閉じる。姫宮は母にしがみつき、やがて収まった風に恐る恐る目を開ける。



そこには、村人以外に何人もの人が立っていた。その姿を見た村人は、恐怖に怯えて声も出ない。


「見つけましたよ」


姫宮の前に一人の男がしゃがむ。月に照らされた美しい銀色の髪、犬のような耳と尻尾。姫宮は幼くとも、彼が妖である事は分かった。

「……姫宮…を…」

雪の言葉を聞き、深く頷くと、別の男を呼んだ。

「母君を」

「はっ」

命じられた男は雪を抱き起こし、刀を抜きにかかる。
銀髪の男は姫宮に向き直った。


「……これは…?!」

少女の肩に深く食い込んだ矢を見たその瞬間、辺りに冷たい空気が立ち込めた。


「この方を傷付けようとは…愚かな人間どもめ…!」


彼が言ったのとほぼ同時に、村人から悲鳴が上がる。他の妖達が牙を剥いたのだ。


「矢を抜きます。……痛みますが、少しの間我慢して下さい。口は開けないように。舌を噛んでしまうかもしれませんから。私の腕に爪を立てても噛んでもいいですから、堪えて下さいね」


小さな姫宮が暴れないよう、抱き締めるように抑えて矢を抜き始める。男が思ったより、矢は深くまで刺さってはいなかった。しかし小さな子供の身体には、想像を絶する痛みだろう。

「…っ!!!」

あまりの痛みに堅く目を閉じて腕にしがみついた。言われた通り、口を開かないように。

ズボッ…と矢が引き抜かれる音と共に痛みは和らいだ。男は矢を捨て、傷を術で塞いだ。


「もう大丈夫ですよ。よく堪えましたね」

姫宮は申し訳なさそうなまなざしで彼の腕を見た。僅かな血が滲んでいる。

「…ごめんなさい…」

「お気になさらず、なんて事ありません」



「ギャァァァ!!」

村人の悲鳴は続く。
姫宮は目の前の男の手を握った。

「止めて!!あの人達止めて!」

「あの様な者、生かす価値などありませんよ」

恐ろしく冷たい目で、死んでいく村人を見る。


「駄目…!!止めて…!」

キツく手を握りながら必死に首を振る少女を見て、小さなため息を漏らす。腕を一振りし、妖達を止めた。散乱する屍の中、生き残った村人は悲鳴を上げて逃げて行った。


「…母君の方は?」

先程命じた男に問う。

「…駄目です。これではもう救えません…」

ぐったりした雪を静かに寝かせた。姫宮は駆け寄って手を握る。


「お母様…!」

「…生きて……姫宮…私の、大切な……」

「貴女と父君の死は、無駄には致しません。姫宮様の事は、我ら犬神一族にお任せを」

男が膝をついて頭を下げると、雪は安心したように微笑んで、そのまま目を閉じた。


「…お母様!やだぁ…!!一人にしないで!!」

「一人になどしませんよ」

大粒の涙を流しながら男を見上げると、手を差し延べられた。


「夢告、と申します」

「ゆめ…つげ…?」

「はい。これから姫宮様は、我らの一族です」

夢告の言葉に首を傾げる姫宮を見て他の犬神が笑みを浮かべて言った。

「家族、ということですよ」

「かぞく…」

ふらついた姫宮の体を慌てて支える。幼い子供に、今夜の出来事は辛かったのだろう、気を失っていた。


「…みんな……かぞく…」


呟いた少女の寝顔を見て、犬神達は安堵のため息を漏らした。



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