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「ねぇ、お母様」
娘の呼び掛けに雪は我に返る。
「なあに?」
「どうしてひめはみんなに怖がられるの?」
言葉に、詰まった。
「犬神姫ってなあに?ひめの名前じゃないのに、みんなそう呼ぶの」
真剣な瞳。
今まで隠していたこの子の生まれについて、聞かせる時が来たのかもしれない。
「姫がまだお母さんのお腹にいる時、犬神山から光が飛んできたの」
光は、巨大な犬の姿をしていた。そんなものが犬神山から飛んできたのだ。当然村人は怯えた。
光はなにかを探すように村を駆け回った後、大きく膨らんだ雪の腹に、吸い込まれるように入っていったのだ。目的のものを見つけたかのように。
「お母様のお腹に?」
「そう。でも正確には、姫宮、貴女に」
「私に?」
首を傾げる娘に頷いて見せた。そして鏡に触れる。
「これ、姫の宝物でしょう?」
「うん!」
「姫は、この鏡を持って生まれてきたの。でもこれは、犬神の指導者しか持っていない神器。光の犬が、首から下げていたのと同じ」
「…?」
「お前の中には、霊王がいるの。一つの体に、姫は二つの魂を持っているのよ」
「ふたつ?」
「そう、姫の魂と霊王の魂」
だから村人は犬神の宿った姫を犬神姫と呼ぶ。この娘は、何もしていないのに。
「ひめはチガウの…?」
不安そうな面持ちの娘の頭を撫でて微笑んだ。
「同じよ」
そう言った直後、外から声がかかった。
「雪!!」
村人の声。
雪は姫宮に家から出ないように言い、外に出た。
いつの間にか夜になり、外は村人達が掲げる火の音しかしない。
「姫宮はどうした、いるんだろう?」
村長が低い声で言った。
「あの子に何の用ですか」
大勢の村人を睨みながら言うと、彼らは明らかな怒りを顔に現した。
「また襲われた!今度は三人も!!犬神に殺されたんだ!もう沢山だ。姫宮が生まれてから何一つ良い事等無い!犬神に憑かれた娘など、早々に殺してしまうべきだった!」
「姫宮は関係ありません!あの子が何をしたと言うのですか!?」
「いるだけで害なんだ!」
「犬神達は霊王を探している。姫宮がいればこの村は巻き込まれる!」
口々に浴びせられる罵声。
「さあ、夫と同じ道を辿りたくなければそこをどくんだ!」
「貴方達は、姫宮を守ろうとしたあの人を殺した…!何の罪もない彼を…!私に言わせれば、犬神より貴方達の方が余程残酷だわ…!」
一瞬の静寂。
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