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真昼の村を、幼い少女が歩いていた。首から下げた、太陽を模したような鏡がキラキラと光る。
「あ!犬神姫だ!!」
「こら!聞こえたらどうするんだい!祟られちまうよ…!」
村の子が大声を出すのを、母親が慌てて止める。そして姫宮と目が合うと、足早に去って行った。
「あぁ…犬神姫だよ…!!」
「母親の胎内から、霊王の証の鏡を持って生まれたんだろう?恐ろしい……」
「雪も何で引き離さないんだか……」
歩く度に聞こえてくる村人達の噂。犬神の特徴の一つ…耳がよすぎるのがとても辛かった。姫宮はぎゅっと手を握り、走って家へ帰る。
「おかえり、姫」
家に入ると、大好きな母…雪の暖かい笑顔があった。が、その笑顔はすぐに消えてしまった。姫宮は気付き、サッと腕を隠す。
「姫、腕を見せて」
視線を合わせるように膝をつき、穏やかな口調で言った。姫宮はしばらく黙っていたが、やがて観念したように腕を見せた。
小さな腕に、痛々しいまでの痣が残っていた。雪はそれを見て瞳を揺るがす。
「これは…」
「あのね!ひめ、転んじゃったの!」
必死に誤魔化すように、大きな声で言う。雪は一度堅く目を閉じ、薬箱を取り出した。
「姫はドジね。さ、手当てしましょう?」
笑顔を向ければ、姫宮はほっとしたように笑った。
転んだ事が嘘なのは、本当は分かっていた。姫宮を憎む村人による暴行なのだと。
犬神は稀に人間を襲う。彼らの山に薬草を摘みに足を踏み入れた者が大半の犠牲者。縄張り意識の強い彼らに近付くと、最悪、殺されてしまう。ここ最近は特に犬神達の気が立っていた。その為村人は犬神を嫌う。特に殺された者の家族、怪我をさせられた者からは深く恨まれていた。
娘の腕に包帯を巻きながら、首にかかる大きな鏡を見た。
それは犬神の指導者、霊王が持つ鏡だと言われる。そんな物を持って生まれてきてしまった姫宮は、犬神を憎む村人達から数多くの嫌がらせを受けていた。
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