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部屋の隅に、壷や箱がびっしり並んでいる。そのどれもが薬品や薬草のようだった。
「カヤは医者なのか?」
並べられた薬から目を離さずに声を掛けると、カヤもまた手を休めずに言った。
「違うよ、私は何て言うのかな…趣味?はちょっとおかしいか…とにかく医者ではないよ」
好きで薬草を集め、薬の研究をしているだけだと、カヤは言った。
「村の人達には"賢女"なんて言われちゃって…ちょっと恥ずかしいんだけど」
賢女。書いて字の如く賢い女性という意味だ。
生きる上での知恵に優れる者はそう呼ばれたりもする。
「じゃあ独学で薬を作ったのか」
「そう。色々試してるのよ」
カヤはそう言いながら、木製の器と箸を持って再び俺の隣に座る。
「2週間ぶりの食事だし、胃が驚くかもしれないから雑炊にしたんだけど、食べられる?」
いい匂いが鼻腔をくすぐる。急に食欲が増してきて、俺は頷いた。
「自分で食べる?あーんしてあげよっか」
「な…、いい、自分で食べられる…」
僅かに顔が熱くなるのを感じ、慌てて首を振る。
カヤはクスクス笑いながら「残念」と言い、器を渡してくれた。
好奇心旺盛で、ちょっと天然で、お茶目。
俺がカヤに抱いた印象はそんな感じだった。
「あ、美味い」
「あって何よ」
「確かなのは薬の腕だけかと…痛っ」
再びデコピンされ、笑い合う。
「冗談言えるくらい元気なら、心配ないわね」
「ああ、本当に具合が良い。カヤのおかげだ」
正直死ぬと思っていた。またこうして美味い飯を食べられたのも、笑えるのも、カヤのおかげだ。
「…何か…」
「ん?なあに?」
「何か、恩返し出来ることはないか」
箸を止め、カヤを見つめる。
呆気に取られているカヤを真剣に見ていると、何か思い付いたようにポン、と手を叩いた。
「じゃあ、しばらく私のお手伝いしてもらおうかな!」
「手伝い?」
「そう。私は部屋を見ての通り薬を作るのが好きなんだけど、その材料を集めるのが結構大変なの」
俺と出会った日も、村を出て材料調達をしていたとカヤは言う。
「薬草を摘んだりは勿論、綺麗な水を求めて川の上流へ行ったり、力仕事も多いのよ。だから、もしサイが手伝ってくれたら助かるなーって思うんだけど」
ひとりで村の外を歩き回る女性に会ったのは初めてだ。
いつ妖に出くわすか分からないのに、何と言うか、彼女は抜き身出た好奇心や探究心、勇気がある。
無茶なことをする人だとは出会った時から思っていたが、本当に。
「分かった。手伝わせてくれ」
仮に妖が出ても、俺が斬ればいい。荷物の持ち手が増えれば、カヤはもっと色んな所へ足を延ばせるかもしれない。
カヤは命の恩人だ。
何だってする。
「本当?!ありがとう!そんなこと言ってくれるなんて想像もしてなかったから、嬉しいなー…」
素直に喜びを露わにするカヤ。
俺は心のどこかで、もう少し彼女と共にいたいと思った。
「もう少し、サイと一緒にいたいなーって思ってたところだったの」
「…!」
カヤも同じ、か。
まさか同じ考えだったとは…少し面白くて、肩を揺らす。
「なんで笑うの?」
「いや、何でもない」
そう言いながら、俺はまたしばらく笑った。
「そういえばサイっていくつ?」
「17だ」
「あっ、じゃあ私お姉さんだ、19なの」
二つ年上の、優しい彼女。
"もう少し一緒にいたい"が重なって、互いに"ずっと一緒にいたい"と思うようになるには、あまり時間はかからなかった。
彼女と出会わなければ、俺の人生は何事もなく進んだのだろう。覇王に会うことも呪われることも無かっただろうが、とても味気ない人生だっただろう。仲間にも出会えなかっただろう。
たった一年だったが、沢山の幸せをくれた彼女を生涯忘れることはない。
初めて愛した人の墓前でまた、俺は静かに手を合わせた。
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