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目が覚めた時、最初に見えたのは天井だった。木造の、ごく普通の民家の天井。何があったのか記憶を遡っていると、戸口から音が聞こえた。
「あっ…!気が付いた?」
聞き覚えのある声だと思っていると、その人物は俺の隣に座り、覗き込んでくる。
「よかった…目が覚めなかったらどうしようかと…」
翡翠の瞳。栗色の長い髪を柔らかく三つ編みにしている。眉を下げ、ほっと安堵の笑みを浮かべる女性。
そうだ、俺は確か彼女に助けられて…
「君は…ここは…?」
彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと話してくれた。
「私はカヤ。ここは、私の家よ」
カヤと名乗った彼女は、僅かに首を傾ける。
「貴方の名前も、聞いていい?」
「……サイだ…」
相変わらず声は掠れたままだったが、体の痛みは随分楽になっていることに気付く。
ゆっくり体を起こして、座る形に落ち着くと、綺麗に治療された体が視界に入った。失血の原因でもあった腹部の傷には包帯が巻かれ、他の小さなかすり傷にも薬が塗られている。
「どう?少しは楽になったかな」
カヤは桶に入れた水に手ぬぐいを浸し、絞りながら言う。
少しは、どころじゃない。
「凄く楽になった。…これ全部、カヤが?」
「そう、こんなに大怪我した人の治療したの初めてだったから、色々心配だったけど…効いてよかった。あ、動かないで」
言いながら、濡らした手ぬぐいで俺の体を拭いていく。
何となく気恥ずかしくて、カヤから手ぬぐいを受け取ろうと手を伸ばす。
「自分でする」
「何言ってるの、だーめ。怪我人は大人しくしてなさい!」
直後チクッとした痛みが額から伝わる。どうやらカヤにデコピンされたらしい。
「…痛いな」
「ほんと?」
「腹の傷より痛い」
「あら、それはよかったわ」
クスクス笑うカヤにつられて、自然と笑みがこぼれる。
「カヤは……」
言いかけた瞬間、ぐるぐると腹の虫が鳴る。しばらくきょとんとした後、カヤは声を上げて笑い出す。自分のことが面白くて、俺もまた声を上げて笑った。腹の傷に響いて痛いが、生きてる証を感じたような気がした。
「ふふっ、お腹すいてるよね、長い間眠ってたから」
「どれくらい眠ってたんだ?」
尋ねると、カヤは顎に手を当て、視線を天井に向けて小声で日にちを数える。
「2週間くらいかなー…」
「2週間も…?!」
予想より遥かに長かった。
2、3日のことかと思っていたが、14日近く意識がなかったとは。
「その間、カヤひとりで俺の世話を?」
「うん、私は一人暮らしだからねー」
これは大変な迷惑を掛けた。
見ず知らずの、しかも意識のない人間を2週間も世話するなんて中々出来るものじゃない。
「すまない…本当に助かった、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。すぐご飯作るね」
茶目っ気ある笑顔で言い、カヤは草履を履いて炊事場に立つ。
俺はその背をしばらく見、ゆっくり室内を見渡す。ごく普通の民家の風景だったが、ひとつだけ違う物があった。
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