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俺の、人生を変えた人だった。
感じるのは痛みだけだった。
それ以外は考えることも出来ない。失血で脳にまで血が回っていないからなのか、死が近いからなのか…それはわからない。
ただ、周りに感じる気配で、俺に終わりが近づいていることはわかった。
腹を空かせた複数の妖狼が、いつ飛び掛かろうかと機を待っている。
地に這いつくばった俺が息絶えるのを楽しみにしているようだ。
いよいよ頭が回らなくなり、視界も見えない程ぼやけた時、俺の側に何かが転がった。
コツン、コツンと、何度も転がり、跳ねる。
それと同時に、声が耳に届いた。
「こらっ!あっち行きなさい!この人は貴方達の餌じゃないのよ!」
女の声。
ゆっくりと顔を声の方に向けると、栗色の髪の女性が石を投げていた。恐らく、周りにいる妖狼にだろう。
投げられる石に驚き後退りしながらも、妖狼達は唸り声を上げている。
まずい…このままでは俺より先に彼女が襲われるかもしれない。
「…い……、おい……逃げろ…」
酷く掠れたものだったが、声は出せた。彼女にも届いたのか、ハッと俺を見下ろす。
「…やっぱりまだ生きてた…!もう少し頑張ってね、すぐ助けるから!」
やはり、聞こえてなかったのだろうか。
逃げるどころか、彼女は益々妖狼と戦う姿勢に入ってしまった。
普通の村娘にしか見えない、武器も持たない人間が、複数の妖狼に勝てる筈がない。
最後の力を振り絞って起き上がろうとした時、彼女が手に持っていた桶を振った。
「もう!しつこーい!あっち行きなさい!」
バシャッ、と、水が撒かれる音がした。
妖狼は水が大の苦手だ。
水が掛かったのか、高い声で鳴きながら妖狼が更に後退る。
もうひとつの桶の水を彼女が妖狼に向けて撒くと、面倒だと思ったのか妖狼達は山の方へ走り去って行った。
彼女は肩で息をしながらも、妖狼達が見えなくなるまで睨み続ける。
なんてことだ、本当に追い返してしまった。
体の力が抜けた俺の隣に、彼女はしゃがみこむ。
「ね、君…大丈夫?お願いだからあと少し頑張って!すぐそこに私の村があるから、そこまで歩ける?」
必死に俺に声を掛け、体を起こそうとする。
彼女ひとりでは、流石に俺を引っ張ってはいけない。
妖狼と戦ったくらいだ。いいから放っておいてくれと言っても、きっと彼女は諦めないだろう。
「………っ…」
痛みで額には汗が滲む。堪えるように歯を食いしばりながら、俺はなんとか身を起こした。
「もう少し…もう少しだから。私に掴まって」
この先の事をあまり覚えてはいないが、俺は名も知らない女性の肩を借りながら、どうにか死の淵から逃れることができた。
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