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翌朝、まだ朝もやが晴れない時間帯に、サイ達は村はずれの湖の前に立っていた。湖面は静かだったが、その奥に潜む邪悪な気配は隠しきれていない。焔伽は岩の上にしゃがみ、じっと湖の奥を睨む。

「・・・・・出て来いよ」

焔伽が一言、湖面に投げかけると、静かだった水面が揺れ始め、やがては大きな波に変わり、一匹の妖が姿を現した。まるで山椒魚のような外見のそれは、ゆっくりと陸地に前足を上げる。皮膚の表面を覆うヌメヌメした液体が足元に広がった。巨大山椒魚は、焔伽を威嚇するように雄たけびを上げた。

「・・・んだよ、言葉を発するだけの頭はねぇのか。サイ、こいつは俺一人だけで殺る」

焔伽は目の前の妖を見据えたまま、後ろにいるサイに向かって言った。

「分かった」

サイは刀の柄から手を離した。焔伽は二本の刀を抜き、妖に斬りかかる。

「焔伽、大丈夫かな?」

「大丈夫だ、あいつは・・・・」

地面に叩きつけられる尾や腕の攻撃を素早い動きで難なくよける。そして背後に回りこみ、背中を駆け上った。

「戦闘中の素早さは、俺よりも上だ。ノロマな妖ではあいつに攻撃を当てるどころか、姿を見る事もできないだろう」

サイが笑みを浮かべながら言うと、焔伽は刀を交差させるように同時に振り、妖の額に十字傷を付けた。額を抉られた妖は地響きを立てながら前に倒れる。焔伽は妖の顔の前に着地すると、止めの一撃を額の十字傷に突き刺した。

「てめぇみたいな妖は、一番許せねぇ・・・・てめぇみたいに汚ねぇ手使いやがる奴は大嫌いなんだよ!」

悲鳴を上げて苦しむのを見て、更に深く刀を突き刺す。勢い良く噴き出した血が、焔伽の顔を濡らした。刀を引き抜き、頭を真っ二つに斬り裂いた。ひとつだった頭が二つに割れ、左右に崩れ落ちる。それを見下ろすと、刀身にこべり付いた血を振り払い、鞘へ戻した。

「・・・竜太!いるんだろ?」

焔伽が竹やぶに向かって言うと、昨日の少年・・・竜太がひょっこり顔を出した。

「お兄ちゃん、気付いてたんだ!」

竜太は竹やぶを抜けて焔伽の所まで走った。姫宮はその後ろ姿を見て目を細める。

「ヌシ、倒してくれたんだね!」

「おう。・・・って、こんな血塗れで悪いな」

自分が頭から血を被っているのを見て焔伽は苦笑いを浮かべる。竜太は首を振って焔伽の腰に抱きついた。

「ありがとう。これで・・・僕の妹が同じ目に会わないで済むよ・・・!」

「そっか・・・やっぱお前・・・」

焔伽が竜太の頭に触れると、徐々に体が透け始めた。竜太は焔伽から離れ、頷く。焔伽は視線を合わせる為にしゃがんだ。

「心配事が無くなったから・・・僕、もう行かなくちゃ」

「あぁ、そうだな」

竜太は少しだけ表情を曇らせ、俯いた。

「でもちょっと怖いんだ・・・行った先に、もし」

「大丈夫だ。お前を怖がらせるようなもんは、あの世にはねぇよ。俺が保障してやる。・・・・行った事はねぇけどな!」

笑いながら頭をくしゃくしゃに撫でると、竜太は可笑しそうに笑い、やがてその姿は白い炎へと変わる。そしてゆっくりと、天へ向かって登り始めた。

「・・・送り火だ・・・」

アカネが呟くと、辺りから同じような炎がいくつも空へ舞い上がった。雲の隙間から覗く太陽に向かって、どこまでも登っていく。

「焔伽のお陰で、子供達の魂は救われましたね」

姫宮は子供達の冥福を祈って目を閉じた。もうこの地で、失われずにすむはずの命が消えていく事はないだろう。やがて消えていった炎を見送り、サイ達の元へ戻った。

「・・・悪ィな、俺の我が侭に付き合わせちまってよ」

「気にするな。・・・・それより、それ、何とかしないとな」

サイは焔伽の返り血を見て言った。焔伽が「あぁ・・・」と顔や服についた血を眺めると、サイは口許に笑みを浮かべる。そしてその直後、物凄い勢いで何かがぶつかった。

「うおあっ!!」

突然の衝撃により焔伽は吹っ飛び、派手な水音と共に湖に落ちる。それと引き換えに、アカネはサイの隣に着地した。いつの間にか竹に登り、バネを利用して焔伽目掛けて蹴りを繰り出したのだ。一瞬辺りがシンとなり、水音と共に焔伽が顔を出す。

「ぶはっ・・!アカネ、てっめ・・・!」

「どうだー?返り血、少しマシになったか?」

遠くからサイが言うのを聞き、口角を上げ、顔に張り付いた髪をかき上げる。

「・・・・今回はサイもグルかよ・・・・!くっそ、やりやがったな?!」

笑いながら眺めている三人目掛けて、焔伽は泳ぎ始めた。太陽に照らされた湖面は、キラキラと輝いていた。



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