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「……な…に……っ!」

微笑む母から視線を落とせば、胸に突き刺さる刃。そこから赤い鮮血が服に染みを作っていく。痛みに目を細めると、母は更に深く突き刺した。彼女の白い手に赤がまとわりつく。

「俺を…殺すか……」

「えぇ。元々貴方は要らない子だったの。でも小さい頃のお前は能力を制御出来ず、手を出すのは危険だった・・・だから、今なの」

クスクスと、母は楽しそうに笑う。それが妙に頭に響いて煩い。

煩い、煩い…!


「さようなら、狐暮」


黒い九つの尾が姿を現し、鮮やかな赤が舞う。グラリと動いたのは狐暮ではなく母。一瞬のうちに一突きされた心臓から溢れる血。母親を斬り裂いたのは、狐暮自身。

地面に倒れ、あっけなく命を手放した母を見下ろす。

「さようなら、母上。俺は貴女に認めてもらいたくて生きてきた。だがこれからはもう…俺の為に生きていく」

何があっても認めてもらえないのなら。


俺の思うままに。
俺が欲するままに。


死など、論外だ。


能力を開放しているからか、今は傷の痛みを感じない。


「…母上…!!」

「狐暮、貴様ァ!!」

兄達の口が裂け、尾が伸び、狐としての本来の姿に戻っていく。四本の足を地につけ、毛を逆立てて威嚇する。

「俺の、邪魔をするな!」

黒い九尾に姿を変え、襲いかかってくる白い狐達を赤く染めていく。







何がいけない・・・
生きている事の何が。





只そこにいて生きている事が何故許されない。






お前達と…何が違う?!

















辺りにはかつて兄弟だったモノの残骸と、血溜り。





「…はっ…はぁ……」


人型に戻ると、傷の痛みが蘇ってくる。

時期に里の誰かに見つかるだろう。それまでに、里を出るしかない。


狐暮はふらついた足取りで結界を抜け、森の中へ姿を消した。




























深々と積もる雪。
ああ、外はこんなに寒くなっていたのか。年中季節の無いあの空間では感じられなかった感触。

雪は冷たいが、熱を持った今の体には気持ちが良い。

岩に凭れていると、狐暮を中心に自然と赤い華が広がる。予想以上の出血。このまま放置していれば、先に待つのは死だ。


分かってはいるが、この状況ではどうしようも無かった。

ゆっくりと目を閉じ、静かな世界に溶け込む。



「……!」



何かが雪の上を歩く音がする。


もしや、追っ手か……?


動かそうにも、瞼も体も言う事を聞かない。



こんな所で……




気配は、目前まで迫っていた。

「しっかりして下さい…!」

耳に届いたのは、女の声だった。うっすらと目を開けると、心配そうな面持ちの少女が覗き込んでいる。見た所、人間だ。


「良かった…意識はあるんですね…」

「なんだ…お前…失せろ」

鋭く睨み付けるが、少女は眉間にしわを寄せるだけだった。

「お前、ではなく、私には姫宮という名があります」

反応する所が少しずれている…気がする。

「怪我人を放ってはおけません。…これでも私は治癒術者。傷を診せて頂けますか」



俺がこの時、得体の知れない娘に傷を看せたのは、こいつも同じ痛みを知っている……直感でそう思ったからだった。


「ところで貴方のお名前は?」


「……狐暮」






俺が俺の為に生きると決めて最初の出来事だった。



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